名作ラブコメ漫画、生成AIでリメイク中の作業現場に初潜入 原作者・ 松山せいじに制作経緯を聞く

■炎上の不安は?

生成AIは「Stable Diffusion」、漫画は「CLIP STUDIO」がメインで、「Photoshop」も使用しているそうだ。

――松山先生のなかではしっかりと棲み分けがなされているわけですね。しかしながら、生成AIに対する批判は多方面からあり、漫画家の間でも賛否両論あります。このタイミングで出したら炎上するのではないかという不安もあったのでは、と思うのですが。

松山:もちろん、炎上の怖さはありました。でも、僕は皆さんがいろいろな意見を述べていて、面白いなと思いましたね。何より、漫画の出来が思った以上のものだったのが嬉しかった。原作は古い漫画なので、コマが小さすぎて、電子化した時に読みづらかったんですよ。リメイク版はカラーになったし、スマホで読みやすく作られていたので、びっくりしました。

大森:コマ割りは基本的に原作を踏襲していますが、描き文字や吹き出しのサイズは、スマホで見やすいように調整しています。松山先生がおっしゃる通り、紙で読まれることを前提とした従来の漫画は、スマホ上では画面を拡大しないと読みにくい箇所が多いので、そういった細かな点は改良しました。

三吉:我々としても、いろいろな意見が出ることは想定していました。実際、1作目の『オレの子ですか? リメイク版』については、ネガティブな意見が少なくなかったですね。「こんなものを読むんだったら、オリジナルを読んだ方がいい」という原作ファンからの意見がありましたが、私はこれを熱い思いと捉えました。そして、そういった声はむしろウェルカムだなと。

――原作が好きだからこそ、批判的になるわけですからね。

三吉:はい。往年のファンの方は当然、原作の方が好きだと思います。ただ、実際に買っていただく方の傾向を見ると、リメイク版の新作を出すと原作の売上にもプラスの動きがありますので、過去作品の掘り起こし、新しいファンの獲得という意味では成功しつつあると思います。

■様々な意見が出ることは歓迎

生成AI「Stable Diffusion」を開いたところ。キャラクターの特徴や絵柄などが明記されている。「この絵を参考に絵を出力してほしい」という要望にも応えることができる。

――『エイケン リメイク版』にはどんな意見が寄せられましたか。

大森:『エイケン』は登場人物の多さやキャラクターデザインの複雑さが特徴なので、生成AI技術に興味を持たれている方からの反響も大きかったですね。再現度の高さや制作面での苦労を汲み取って、ねぎらうような声もありました。女性の大きな胸は生成AIで出力が難しいから、手で修正しているのではないか……といった、技術面での反応が他の作品に比べて多かったですね。

松山:むしろ、原作者としてはどんどん盛り上がってくれという感じです。今、ちょうど僕のXが凍結されているんですよ(笑)。僕は何度もアカウントが凍結されていますが、今回はなぜか、第1話の配信の前日に凍結されてしまった。作者がここでしゃしゃり出ても仕方ないので、自由な議論を行う意味で、都合が良かったかもしれませんね。

――生成AIが進化すれば、アシスタント代わりに使うことができ、漫画家にとって大きな強みになるのではないかという意見もあります。松山先生は、実際にご自身の漫画で使ってみたいと考えていますか。

松山:もちろん、使えたら使ってみたいですね。写真を背景に落とし込んだりできるならいいのですが、現状では、使うとしてもキャラクターのポーズのラフぐらいかな。僕はもう50歳近いので、新しいことを覚えきれなくなってしまい、漫画制作は現状維持で取り組んでいきたいと思っています(笑)。基本は老眼鏡をかけて、ペン入れまではアナログ、トーンやベタはデジタルというハイブリットでやっていきますよ。

――松山先生は、新しいデバイスを取り入れることについて前向きですよね。生成AIについて、もともとはどんな感情を抱いていましたか。

松山:以前は好きと嫌いが半々だったのですが、今は好意的なほうに寄っていますね。何しろ、自分の作品をこういった形で出してもらったわけですから。生成AIについて、漫画家が疑心暗鬼になる気持ちは理解できるのですが、極端に否定するのはどうかと思うんですよ。仕事を奪われるという意見があるけれど、僕はそんなわけないと思うんです。人が創り出したものも面白いということで、生成AIと棲み分けが進んでいくと考えています。

■個性的な絵柄の漫画家は生き残る

実際に絵を出力したところ。“生成AIガチャ”という言葉があるように、狙ったとおりの絵を出すことはかなり難しい。そのため、同じキャラが1話に何度も登場する漫画の場合は、出力後にどうしても手直しが必要となる。画像提供=ビーグリー

――私は『エイケン』を高校時代にリアルタイムで読んでいたのですが、リメイク版は新鮮な気持ちで読めました。

松山:『エイケン』はなにしろ20年以上前の漫画ですから、僕も描いた当時のことを忘れてしまっているので、リメイク版は読者の目線で読めています。友達キャラの男子2人がイケメンの顔になっていて(笑)、ああ、これは生成AIっぽくて面白いなあと思いました。

大森:生成AIは、イケメンや美少女の生成は得意ですが、おじいさんや、おばあさんなどの絵は苦手な傾向にあります。個性的な顔のキャラやギャグ漫画の絵柄も苦手ですね。

――それは興味深い指摘だと思います。生成AIで世界中の人たちが出そうとしているのは、イケメンや美少女であると。そういった絵柄は学習と出力を繰り返しているので得意ですが、その真逆の絵柄は苦手なのですね。

松山:逆に、個性的な絵柄の漫画家は強くなっていくと思います。もともと「ジャンプ」などの少年誌は、個性的でヘタウマな絵の方が採用されやすかったじゃないですか。最近は「ジャンプ+」が個性的な漫画を載せていますが、個性的な絵柄ほど残っていくんじゃないかな。

――松山先生らしい見解ですね。そして、松山先生のオリジナルの漫画も気になるのですが、現在、アイディアを練っている作品はありますか。

松山:『エイケン』の続編、過去に描き切れなかった部分は描き切りたいと思っています。どうやってエイケン部ができたのかまで、頭の中にあるので。『エイケン』を描いていた頃は20代でパワーがあったのですが、今は月20ページが精いっぱい。白内障の手術も決まっているので、体力が続き、描けるうちに描いておきたいですね。今回のリメイクを機に、『エイケン』が再注目されるといいなと思っています。あと、生成AIを使ってオリジナルの漫画を描き、ヒットを出す漫画家が出てきてほしい。生成AIで描かれた漫画は、純粋に好奇心として読んでみたいですね。

――ビーグリーさんはどうですか。

大森:リメイク版が話題になれば、原作が再び読まれるきっかけにもなるので、漫画家さん的にも、当社的にも必ずしもマイナスではないと思っていますし、今後も作品は増やしていきたいと考えています。漫画業界も紙媒体から電子媒体に移行しつつありますし、娯楽コンテンツも多様化が進み、かつライトなものが好まれる傾向があります。そんななかで、漫画の良さを改めて感じてもらい、これまで出合えなかったコンテンツと出合うきっかけを提供する手段として、生成AI活用の余地は模索したいと考えています。

松山:興味を持った方は、リメイク版も原作も買ってほしいですね(笑)。両者を比較して読んでみても面白いと思いますから。

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