同人誌、なぜ電子より紙の本が人気? 大人気ぬいぐるみ“だいあぱん”「合同誌」制作者を動かす圧倒的熱量
■再販決定後もさまざまな出来事が
――かくして、だいあぱんは無事に再販されたわけですね。しかも、だいあの派生形である黒だいあをぬいぐるみ化した“黒だいあぱん”も新たに発売されることになりました。
やさか:ただ、再販が決定してからもいろいろな出来事があったんですよ。再販分の発売日はコロナ禍の真っただ中で、1月の中旬くらいだったと思います。各地の「プリズムストーンショップ」で、先着順で販売されました。私は仙台のお店だったら混んでいないだろうと思い、車を3時間走らせて行ったら、なんと売り切れ。聞けば、仙台には4体くらいしか入荷してなかったらしいんですね。なかには青森から吹雪の中やってきて、買えなかった人もいたそうです。
――吹雪の中訪れて売り切れはきついですね…… しかし、公式側もその後、受注生産を決めたそうですね。
やさか:再再販が決まった時点で、わざわざ並ぶ心配がなくなり、胸をなでおろしました(笑)。その頃、ヤフオクなどでの取引価格は10万円くらいになっていましたが、次第に価格も落ち着き、“だいあぱん戦争”が終焉します。私はというと、現地では買えませんでしたが、直後に黒だいあぱんは郵送で、白だいあぱんは手渡しで譲ってもらえることになりました。
――おおっ、それは良かったですね。お迎えした時はどう思いましたか。
やさか:手が震えました。感動ですよ。本物のだいあぱんだ、やっときてくれたんだ、と。手渡しは「あしかがフラワーパーク」だったのですが、対面して、泣いてしまったんです。じわじわと感情がこみあげてきたというか。その後、再再販分も予約してお迎えしていますが、最初にお迎えした時の感動は特別なものがありました。
――それにしても、ぬいぐるみが再販されるのは滅多にないですよね。ファンの想いが公式に届いた事例だと思います。
やさか:だいあぱんの自作勢の方々が出現しなければ、再販はなかったのではないかと思うんですよ。ぬいぐるみを自作した方は何人もいらっしゃいますし、段ボールにだいあぱんの4面図を貼って年越しした方もいました。そして、同人誌即売会ではだいあぱんの写真集が出て、盛り上がっていたのです。こうしたファンの熱意がなければ、奇跡は起きなかったと思います。
■一緒にいるだけでQOLが爆上げ
――やさかさんのXを見ていると、だいあぱんと充実した日々を過ごしておられることがわかります。
やさか:だいあぱんを見るたびにQOLが上がるし、心が落ち着きます。仕事で荒ぶった状態になっても、だいあぱんの前ではあらぶったところは見せられないなあ、と思うことも。例えるなら、我が家の“座敷わらし”のような存在ですかね。
――そして、何より合同誌を通してファンとの交流も生まれていますよね。
やさか:そうですね。だいあぱんを通じて交流の輪が深まったと思います。だいあぱんのWEBオンリーイベントを開催しましたし、合同誌の主宰も務めることができました。こういった繋がりが生まれたのも奇跡だと思います。だいあぱんに感謝したいですね。
■紙の本でしかできないことはたくさんある
既に述べたように、紙の本がまだまだ健在な分野が同人誌である。今回のやさか氏の話を聞いて、筆者は紙の本がもつ可能性を実感することができた。近年、商業出版の世界でも装丁や紙質までとことんこだわった、いわゆる紙の本のグッズ化が進んでいる。そのなかで、紙の本ならでのコミュニティツールとしての魅力が再発見されつつある。
筆者は仲間とともに熱い思いを形にし、シェアしているやさか氏を非常に羨ましく思った。そして、同人誌や合同誌は、まさに同じ想いをもつ人たちを繋ぐ最高のコミュニティツールだと改めて実感した。やさか氏が既に実践しているように、紙の合同誌が支持される理由は、本という所有物の形になることでファン同士で喜びを共有できる点にある。そして、完成した本は、ぬいぐるみなどのグッズとともに祭壇に飾ることもできるのだ。
これらは紙ならではの圧倒的な強みであり、電子では味わうことができない魅力といえるだろう。電子書籍では代替できないものはまだまだたくさんあると思うし、だいあぱんのように、決してファンの母数が多いわけではないものの、熱烈なファンが多いジャンルこそ紙の魅力を発揮できる場ではないだろうか。紙ならではのウリを最大限に引き出した本を作ることが、今後の出版界において重要である。そうしたヒントは、案外、作品のファンの活動の中にありそうだと感じた。