川出正樹が語る、翻訳ミステリ50年の受容史 『ミステリ・ライブラリ・インヴェスティゲーション』インタビュー

川出正樹が語る、翻訳ミステリの受容史

本書で紹介された作品の中でのおすすめは?

——連載の第1回は東京創元社の〈クライム・クラブ〉で始まりましたが、これは伝説のマガジニスト植草甚一氏が編者です。最終回は前出の瀬戸川猛資氏が手がけた〈シリーズ百年の孤独〉でした。〈クライム・クラブ〉は全5回にわたりましたから、川出さんの「植草仁一のクライム・クラブ脳の中が見たい」という強い願望を感じます。

川出:この中で取り上げた中で〈クライム・クラブ〉は最もメジャーな叢書だと思います。ラインアップの特異さは、なぜこの作品を選んだのか、と興味を惹かれます。そもそも連載そのものが〈クライム・クラブ〉について語りたい、ということから始まったものなので、ここまで長期化するつもりも最初はありませんでした。〈クライム・クラブ〉の次は何をやろうか、その次は、と考え続けて7年です。それこそ叢書と同じですね。最初から収録作が決まってから始める全集と違って、何を入れるか考えながら、興味の続く限り連載はやっていこうと。

——取り上げるかどうするか迷ってやめたもの、できればやりたかった叢書というのもあるのではないですか。

川出:国書刊行会の〈ブラック・マスクの世界〉と早川書房の〈ミステリアス・プレス文庫〉ですね。前者は編者である故・小鷹信光さんがご自分の著書で語っておられていまさら私が採り上げるまでもない。後者は本当にやりたかったのですが、全部で156冊もあるので、すべて紹介すると何回で終わるかわからない(笑)。できればやりたかったのは〈ミステリ ペイパーバックス〉です。途中で版元名が福武書店からベネッセコーポレーションに変わってしまった叢書で、知っている限りこれについて触れている本はありません。2000年代以降になると藤原編集室の手がけた国書刊行会の〈世界探偵小説全集〉など古典発掘ブームが来るのですが、これに関しては適任者がおられるので、私がやることではないと思っています。

——今回の本からはやや話題が逸れますが、これだけの情報量を処理されるのはたいへんなことだと思います。どのように本から得た知識を整理しておられますか。

川出:よく聞かれるのが、そんなに買って全部読めるのか、という質問です。読めます。本は必ずしも全部読む必要はなくて、中に1ページでも自分の身になることがあれば買った価値はあると私は考えています。そうやって積み上げてきたものがいくつもあって、普段は個別に存在しているんですが、あっちとこっちを結びつけると化学反応が起きて、なんとなく道筋が見えてくる。そういう、おそらく読書家なら誰もやっているようなやり方ですね。書斎は、国内と海外、フィクションとノンフィクションというように分類してあって、それぞれの中は版元・レーベルごとになっています。雑誌類やレファレンスはまた別です。あのことに関する本は早川書房だからあのへんだよね、というように自分の脳の拡張領域みたいな形で本は置いてあるので、だいたいどこに何があるかは把握しています。

——情報検索という意味では、本書は索引が優秀だと思いました。

川出:まったくその通りで、これは編集部の労作ですよ。索引だけで40ページを超えています。よくある作家別・作品別索引って、実はあまり使い勝手がよくないんです。とにかく索引を充実させようということで本書では、作家名の下に作品名が並ぶ配置になっていて、これは編集部からの提案でした。校閲は本文・リストとも8回、さらに疑問が出た箇所について2回追加があって、人的・時間的労力はとにかくそこにかかりました。

——まさに歴史的労作でした。著者・編集者ともお疲れさまです。最後に本書で紹介された作品の中から、記事の読者向けに絶対読んでおもしろいという本を何冊か挙げていただけないでしょうか。古本でも手に入りやすいもの、という条件でいかがでしょう。

川出:〈クライム・クラブ〉からだと最近新訳の出たカトリーヌ・アルレー『わらの女』(創元推理文庫)はどうでしょう。誰が読んでもきちんとおもしろい本だと思います。あとは意外なところで〈ウィークエンド・ブックス〉(講談社)のアリステア・マクリーン『原子力潜水艦ドルフィン』。元本は当然絶版なんですが『北極基地/潜航作戦』の題名でハヤカワ文庫NVに入っています。火災に襲われた北極基地から生存者を救うために原子力潜水艦が向かうという話なんですけど、大自然の脅威との闘いを描きつつ、目的地に着いたところで事故ではなく敵側による破壊工作である疑いが濃厚となり、さらに潜水艦内で連続殺人が発生したためスパイをあぶり出し、謎を解かなければならなくなる。最後には艦長が関係者を集めて、さて、と謎解きを始めるという、ミステリの要素がいくつも詰まった作品です。

  あとは〈シリーズ 百年の物語〉からマーク・マクシェーン『雨の午後の降霊術(会)』とシャーロット・アームストロング『魔女の館』。両方とも創元推理文庫に入っていて、前者はコンパクトながら強烈な謎のある作品、後者のアームストロングは何を読んでもおすすめという素晴らしい作家です。

■書籍情報
『ミステリ・ライブラリ・インヴェスティゲーション: 戦後翻訳ミステリ叢書探訪』
著者:川出正樹
発売日:2023年12月18日
価格:3520円
出版社:東京創元社

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