鈴木涼美が考える、ホストクラブの光と影 「悪者があらゆる側面で“悪者”であるわけではない」

鈴木涼美、ホストクラブを語る

狂いたくて狂っている人を許容しない言説が強くなるのは窮屈

ーー彼女たちは常識的な判断を捨てて、フィクショナルな数字にすべてを賭けています。主人公の「狂いたい女が狂っていく際に、同性の友人がかけるべき言葉などない」という言葉は印象的でした。

鈴木:世の中にはいろいろなタイプの洗脳がありますが、例えば宗教とは違って、ホス狂いの女の子はそれが本当に素晴らしいことだとは思っていないんですよ。宗教の信者は心の底から信仰していて、勧誘相手にも入ってほしいと思っている。それが搾取の構造になっていることがありますが、ホス狂いの彼女たちは搾取されているのはわかっているんです。掲示板でも自分のことを「金づる」だと自虐している。友人に対してもあまり堂々と話せることじゃない。半信半疑のまま、どんどんお金をつぎ込んでしまう。「どうせ騙されてるんだろうな」と多くの人が思っているという、独自性があると思います。

ーー破滅的なナルシシズムのようなものでしょうか。

鈴木:そうですね。だから短期的で刹那的な感じがします。ホストクラブでは宗教のようにそれに人生を捧げようとまでは思っていない。男も女も「今さえ楽しければいい」「先のことは考えない」という、ある種ギャルっぽいマインドがある。あとは野となれ山なれ、みたいな感じなんですよ。

ーー高い崖を命綱をつけずに登ってスリルを味わう人がいますが、そういうものにも近いでしょうか。

鈴木:そうですね。皆がすごく大切に使うお金を粗末に扱うことによる「破壊して気持ちいい!」みたいな感じがあると思います。うちの母親は私が若い頃の遊び方を見ていて、「高いタワーの上でわざと手を離して危ない格好をしながら、『ほらこんなこともできる!』と満足してるみたいね」と言っていました。私が思っていたより、母は多くのことが見えていたのかもしれません。

 ある意味、落ちたくて落ちているようなところがある。そのためにしなくていい苦労をすることもあるし、本当に運が悪いと人生をふいにしてしまう。だから、社会的に推進すべきだとは思わないんですよね。だけど、狂いたくて狂っている人を許容しない言説が強くなるのは窮屈だし、私はそこの緩みは残してほしいと思う。私にも必要だったし、必要としてる人がいるからです。

 今回はそれを女友達の視点から書きたかったんです。男性の視点とはまた違って、基本的にはその子に対して性欲もなくて、ちょっとおせっかいなところもある。私自身も、変な男にハマっている女友達を見ていると、「まともになってほしい」と思うことがあります。でもそういう言葉は当人には響かないんですよね。

ーー主人公は幼馴染が落ちていく様を見ることによって、自分を保っているようなところがありますね。

鈴木:そうなんですよ。今回の主人公は抜群に嫌なやつでどうしようもない(笑)。彼女の心情描写は今まで以上に書きこみました。というのは、ホストクラブの話でありつつ、やっぱり歌舞伎町の話にしたくて。この子はホストクラブにハマっているわけでもないし、この街でのし上がって一儲けしようと思っているわけでもないけれど、この街から出ていくことができない。だから彼女は幼馴染にまだホス狂いから覚めないでほしいと思っている。すごく意地悪な視点ではあるんだけれど、彼女が足を囚われている街の姿を書くために、そういう思考が必要だったんです。

ーー主人公は入院する祖母のお見舞いに通っています。その祖母の存在は彼女のアイデンティティとも関わっている。こうした家族の構図はどのように考えたのでしょうか。

鈴木:私自身、母親が死んだ時に「もう帰る場所がない」とものすごく強く感じたんです。自分の行動原理を支えていた大きな事柄だったことに気づきました。現代はほとんどの人が信仰する宗教もなく、信じるよすががない中で、とても脆弱なものを拠り所にしがち。私の場合は家族という場所で親とキープインタッチすることが、唯一地上に留める手綱のようになっていた気がします。私にとって、親に対して最低限の体裁を保てるかどうかが、行動の規範になっていました。学生時代も、裏でAV女優もやっていたんですけど、大学のレポートはちゃんと出すみたいな。それはやっぱり母親に対しての規範だったと思います。

 主人公はすごくフワフワした性格なんだけど、裕福でいい家に生まれたことが唯一の心の拠り所になっている。でもそれはすごく脆弱なんです。家はどうなるかわからないし、親だって現に死んでしまう。頼っていたものがなくなって、どこにも行けなくなっている中、まだ日本舞踊の師匠さんだった祖母は生きている。その孫だったという事実にすがることができるんです。

 人はみんな大人になるにつれて、家から離れることになる。それから仕事で自信を持ったり、恋人と一緒に新しい家庭を作ったり、趣味やボランティアに没頭したりと、いろいろな居場所を見つけていくんだと思うんです。でも主人公はそれをやらない怠惰な子なんですよね。自分には少しでも価値があると感じないと、人間として生きているのが辛い。その拠り所がいまだに平和だった時代の家族だったというのは、私の自省も含めつつ書きました。結局、歌舞伎町にいるときだけはどういう家や学校の出なのかという外の社会でものを言う肩書きが全くリセットされる。それを失ったことに気づかされない街だから、出られないのかなと想像しました。

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