最注目の小説家・一穂ミチの最新作『ツミデミック』レビュー コロナ禍が浮き彫りにした「帰還不能点」

一穂ミチ『ツミデミック』レビュー

 さて、以上の三作が帰還不能点を越えてしまった人の物語だとしたら、残りの三作はその手前で惑う人の物語である。「特別縁故者」の主人公は、コロナ禍で仕事を失い、妻を働かせてヒモのような生活をズルズルとしている元料理人の恭一だ。子供が縁になり、近所の偏屈といわれる老人と知り合った恭一。老人のために料理を作ることに喜びを感じる一方、彼のタンス預金が気になってならない。今はだらしないが、コロナ禍がなければ普通に仕事をしていただろう恭一。彼がタンス預金を盗むのかどうか、ハラハラしながら読んでいたら、予想外の展開が待ち構えていた。一穂ミホ、やってくれる。

 「祝福の歌」は、高校生の娘が妊娠し困惑している父親が、一人暮らしをしている母親の隣人を巡る騒動にも巻き込まれる。詳しいことは書かないが、コロナ禍とは別の現実の出来事が、思いもかけない角度から突きつけられる。他にも主人公自身の出生など、幾つかの要素が投入されているが、それを鮮やかにまとめた手腕を称揚したい。

 そしてラストの「さざなみドライブ」は、ツイッターで知り合った人々が、集団自殺をしようと集まってくる。彼らが死のうと思った理由は「パンデミックに人生を壊された」から。なんとなく、それぞれの事情を話し始めるが、主人公の死にたい理由がぶっ飛んでいる。そこからストーリーは二転三転。ベタな展開といってしまえばそうだが、これを臆することなく書き切ってしまうのが、作者の美質である。

 本書は、ミステリーとしても人間ドラマとしても読みごたえがある。どのような環境が、どのような性格が、帰還不能点を越えさせるのか。何があれば、その手前で踏みとどまれるのか。六作の内容を通じて、じっくりと考えたい。

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