映画『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』原作にどこまで忠実?  水木しげるから受け継いだ“理不尽への抵抗”

『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』原作に忠実?

水木しげる氏が戦記マンガで伝えようとしたこと

  さらに『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』でもう1つ重要なのが、水木氏の創作のテーマに関わる部分を受け継いでいることだ。

  同作に登場する水木は、血液銀行の社員であると同時に、徴兵によって戦争で地獄を見た過去をもつ。なんとか命からがら生き延びたようだが、その体験は壮絶なものだったらしく、平和な時代がやってきた後も彼の心に暗い影を落としている。

  そして徴兵といえば、水木氏自身の体験を連想せざるを得ないだろう。21歳の頃に召集された水木氏は、南方戦線のニューブリテン島にて、仲間のほとんどが命を落とし、自身も左腕を失うという壮絶極まりない状況を体験することになった。後に執筆した戦記マンガの数々では、当時戦地で起きていたことが生々しく描写されている。

  とくに1973年に発表された『総員玉砕せよ!』は、「九十パーセントは事実です」とあとがきで綴られているように、ほぼ実体験に基づく作品だ。そこでは水木氏を含む兵隊が上官から日常的に暴力を振るわれ、無茶な作戦に従事させられたり、「玉砕」を命じられたりするシーンがある。命令に背けば罰せられ、命令に従えば玉砕……。理不尽な状況のなかで、人間としての権利を剥奪される兵隊の憤りが、そこには描き出されていた。

  翻って『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』の内容を見ると、水木はまさに戦中に上官から受けた暴力によって傷つけられた人物であり、水木氏の戦記マンガを髣髴とさせる回想シーンも出てくる。しかし同作の風刺は、そうした戦争関連の描写だけでは終わらない。因習と利権に絡めとられた哭倉村では、“理不尽に虐げられる人々”が他にも多く存在しているのだ。

  さらにそのテーマの射程は、龍賀一族の描写を通して、戦後の日本社会全体にまで広がっているようにも見える……。

  別の言葉で言い換えれば、同作は水木氏のさまざまな作品に通底するテーマを受け継ぎ、現代社会に届けようとした試みと解釈できるのではないだろうか。令和の時代に生まれた正統的な“水木しげる作品”として、より多くの観客のもとに届くことを期待したい。

■書誌情報
大解剖ベストシリーズ ゲゲゲの鬼太郎大解剖
発売日:2023年11月15日
定価:1100円(本体:1000円)
仕様:オールカラー128P/A4変・平綴じ
ISBN:9784779649288
全国の書店・コンビニにて発売
三栄公式ウェブ:https://shop.san-ei-corp.co.jp/magazine/detail.php?pid=13029

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