押見修造『おかえりアリス』完結へーー少年たちが向き合う「男らしさ」と「性欲」という難題

『おかえりアリス』完結へ

『惡の華』(講談社)や『ぼくは麻理のなか』(双葉社)といった作品で知られる押見修造は、鬱屈を抱えた少年少女を主人公にした暗黒青春漫画を得意とする漫画家だが、そんな押見の新たな代表作と言える漫画が、今年は二作完結した。

 一作はビッグコミックスペリオールで2017年から連載していた『血の轍』(小学館、全17巻)。本作は過剰な愛情を注ぐ歪んだ母親に人生を狂わされた少年の話で、いわゆる“毒親モノ”。

 押見が得意とする思春期の少年少女の葛藤を、母親と息子の関係を通して描ききった問題作で、作者の集大成であると同時に家族の問題を描いた新境地と言える作品だった。

 そして、もう一作が、別冊少年マガジンで2010年から連載されていた『おかえりアリス』(講談社、全7巻)である。

 本作は、性欲に翻弄される少年少女の葛藤を描いた暗黒青春漫画だ。劇中では内気な男子高校生の亀川洋平が、幼馴染の美少年・室田慧と洋平が密かに思いを寄せている美少女・三谷結衣の間で翻弄される三角関係が描れるのだが、現代的だと思うのは、高校で再会した慧が、金髪の美少女として登場すること。

 慧は世の中で「男らしい」とされていることに違和感を抱き、女装をすることで「男を降りたい」と考えていた。

 女装男子を間に挟んだ物語は、江口寿史の傑作ラブコメ『ストップ!!!ひばりくん!』(集英社)の令和版といった趣きだが、描かれる物語はシリアスで、少年誌でここまで「性」が描けるのかとページをめくる手が止まらなかった。

 以下、ネタバレあり。

 読者の分身と言える洋平が女装した美少年の慧と、美少女の三谷の間に挟まれてHな行為を繰り返す姿は、少年にとっては夢のシチュエーションを描いていると言えるが、物語から受ける印象は決して楽しいものではなく、身体は気持ちいいが、心はズタズタに引き裂かれていくというアンビバレントな状況が延々と続いていく。

 面白いのは各登場人物の印象がどんどん変わっていくこと。慧は洋平を挑発し、突然キスしたり、部屋、家に遊びに来て洋平を誘惑する。その意味で少年漫画によく登場するHなキャラクターなのだが、一方で慧は「男を降りる」と決めて女性のように振る舞っているものの、どこに降りたらいいのかわからないと悩んでいて、その答えを探して苦しんでいる。

 一方、中学の時に慧のことが好きだった三谷は、彼が女装をして表れたことにショックを受ける。そして慧が洋平に対して性的なアプローチを繰り返す様子を見ているうちに複雑な対抗心を抱くようになり、自分のことを好きな洋平と付き合うようになる。

 個人的にもっとも引き込まれたのは、真面目な優等生にみえた三谷の変わっていく様子。

 三谷は内気な男の子が憧れを抱く、優等生で真面目な美少女として登場するのだが、彼女のような社会に溶け込み幸せに過ごしているような普通の女の子の中にも本人が自覚していなかったドロドロとした暗い感情があることを『惡の華』等の作品で押見は繰り返し描いてきた。三谷は慧に当てつけるように洋平を誘惑し、性行為を繰り返すことによって肉体的、精神的に洋平を支配していくのだが、その姿は、少年漫画に覗かれるHなシチュエーションを大きく逸脱したものとなっている。性欲に翻弄される男としての自分に対し、深い嫌悪感を募らせた洋平は、やがて自分の男性器をカッターナイフで切断しようとするのだが、少年少女の中にある鬱屈した衝動を性欲の暴走を通して描いた6巻までのドライブ感は実に読み応えがある。

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