『おかえりアリス』は押見修造最大の問題作だーー“歪な関係”を際立たせる手法を考察

押見修造『おかえりアリス』を考察

 「週刊少年マガジン」で連載中の押見修造最新作『おかえりアリス』。妖艶さ漂う瞳が真っ直ぐとこちらを見つめる1巻の表紙は、過去に連載していた『惡の華』や『ハピネス』の禍々しい表紙とは異なる魅力を放っていて思わず目を奪われた。

 けれど「これぞ押見修造作品!」と言わせしめる、作中で描かれる登場人物たちの”歪な関係”は『おかえりアリス』でも健在だ。そして、作品を発表する度に問題作だと言われ注目を集める押見修造作品の中でも、本作は史上最大の問題作であると感じた。

 本記事では過去作品の『惡の華』や『ハピネス』で描かれた”歪な関係”や、それらを際立たせる手法について考察しながら、最新作である『おかえりアリス』が押見修造最大の問題作だと感じた理由について説明していきたい。

押見修造作品に欠かせない、極端に自己肯定感が低い主人公

 まず、押見修造作品の主人公には必ずと言って良いほど欠かせない要素がある。それは、自己肯定感が極端に低いところだ。

 『惡の華』はクラスの美少女・佐伯奈々子に密かに想いを寄せる主人公・春日高男が出来心で彼女の体操着を盗んでしまい、その様子をクラスの嫌われ者である仲村佐和に目撃されたことをきっかけに物語が動き出す。本作では、この3人の関係性を通して思春期特有の精神的な不安定さ、そして自我の迷走を描いているのだが、主人公の高男はとにかく自己肯定感が低い。自分と現実社会に対して一方的な隔たりを感じ、対人関係に壁を作る高男。その姿は時に自意識過剰にも見えるのだが、根本的には自分に自信が持てず、常に他人の反応を気にしており、自己肯定感の低さが作中でも多く見受けられる。

 さらに、吸血鬼をテーマに死生観や社会の不条理について切り込んだ『ハピネス』の主人公・岡崎誠も、同級生たちにパシリにされるなどのいじめを受けながらも、ことを荒立てまいと日々を流されるように生きており『惡の華』の主人公・高男と同様に自己肯定感の低さが目立つ。

自己肯定感の低い主人公が“歪な関係”を際立たせる

 『惡の華』では高男と佐和、そして奈々子といった一見すると相入れない3人が絡み合い、各々が抱える鬱々たる自我が交錯しまさに”歪な関係”を形成していく。これにより物語が一層盛り上がるのはもちろんだが、高男はこの”歪な関係”によって自分の空虚さや矛盾に気付き、自我の放出、そして挫折と構築を経て自分自身を開放していく。

 一方『ハピネス』では、突如驚異的な能力と血への欲望を手に入れた誠が人間と吸血鬼の過酷な戦いへと身を投じていくのだが、吸血鬼であるノラとヒロインの雪子との関係性を通して、自分の運命に必死に抗う。今まで流されるように生きてきた誠が、人間でありたいと強く願う姿は作中でも特に印象的シーンだ。

 このように、押見修造作品では自己肯定感の低い主人公が、一見すると相入れない登場人物たちと形成する”歪な関係”によって新たな自己や本性を開放していく様子が必ず描かれている。

 言わば、主人公が劇的に変わるきっかけとなる”歪な関係”は作中でも「これぞ押見修造作品!」と言いたくなるほど圧倒的な存在感を放つのだが、逆もまた然りで自己肯定感の低い主人公という存在があるからこそ”歪な関係”が一層際立つように感じる。

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