「週刊少年ジャンプ」異例の原稿料公開 画力の高い経験者採用への布石か?

「少年ジャンプ」新人育成の漫画制作から転換? 

  集英社は11月1日、「週刊少年ジャンプ」の原稿料を公開した。連載もしくは読切掲載の場合、モノクロであればページ単価18,700円以上、カラーなら28,050円以上となるとのことだ。これに対して、SNSでは漫画家や読者の間から様々な意見が上がっている。総じて「ジャンプ」に好意的であり、「金額が高い、さすがジャンプ」という意見のほか、「アシスタント代を払ったらこれでも利益が出ない」などの見解もあった。

  SNSでは金額ばかりが注目される傾向にあるようだが、記者が驚いたのは、「ジャンプ」がついに経験者採用を大々的に始めるのか、ということである。そもそもこの原稿料は、11月23日と12月2日~3日に開催される、「週刊少年ジャンプ」で読切掲載もしくは連載を希望する“他誌連載経験がある作家”に向けた説明・相談会の資料なのだ。これは、新人育成を重視していた「ジャンプ」にとって、大きな転換点といえる出来事である。

 「週刊少年ジャンプ」は、現在創刊されている漫画雑誌の中でも後発である。手塚治虫などの大御所はことごとく「マガジン」や「サンデー」に抱え込まれていたため、1968年の創刊の時点で人気漫画家を揃えることができなかった。そこで、「ジャンプ」が開発したのは、新人漫画家を発掘し、編集者とともに二人三脚で育成して作品を生み出すシステムである。

  この手法は成功し、「ジャンプ」から鳥山明をはじめ多くの人気漫画家が誕生したことは広く知られている。そして、この手法を多くの漫画雑誌が踏襲してきた。しかし、現在はどこの雑誌も部数が伸びなくなったため、新人を育てる余裕がなくなったといわれる。そのため、アニメ化した作品をもつ人気漫画家をスカウトし、連載してもらう雑誌が増えた。要は、どこの雑誌も手塚治虫に連載してもらっていた、1960年代頃の雑誌作りに回帰しているといえる。

メディアミックスには経験者ほど有利

  また、漫画の売れ方も、「ジャンプ」が653万部を売っていた1990年代とは大きく変わった。現在の漫画はアニメ化などのメディアミックスが極めて重要な要素を占める。しかし、「ジャンプ」はもともとメディアミックスに対しては否定的だったと、編集者の鳥嶋和彦が証言している。アニメで満足してしまい、雑誌が売れなくなるという考えが根強いためだったという。そもそも、当時は雑誌単体でも利益が出まくっていたので、メディアミックスまで考える必要がなかったのだ。

  ところが、現在はアニメの視聴をきっかけに漫画を買い始める人が多いため、メディアミックスが無視できなくなった。近年のヒット作は、『鬼滅の刃』にせよ、『【推しの子】』にせよ、アニメの放送後に部数が倍増した例だ。いかにメディアミックスが重要であるかがわかるだろう。そうしたメディアミックスされやすい漫画を創るためには、経験者が圧倒的に有利である。

  きれいな絵、つまりは上手い絵が描ける漫画家が多いためだ。これは、即戦力になるという意味もあるし、同時に、海外に向けたメディアミックス戦略の狙いもあると考えられる。海外、特に中国などでは、いわゆるヘタウマな作風の漫画が受けないとされる。したがって、新人の粗削りな絵柄はなかなか受け入れられにくい。

  対して、ベテランであれば綺麗で洗練された絵が描ける。そのベテラン漫画家は物語作りがイマイチでも、絵が良ければ、原作者をつければ面白い漫画が生み出せるかもしれない。現代の漫画界は、以前であれば「絵柄が古い」などと切り捨てられた可能性がある経験者の強みが、発揮されやすい時代になったといえる。

「ジャンプ」で描きたい漫画家が多い理由

  具体的な原稿料の提示は、新人にとっても魅力的である。出版業界あるあるだが、原稿料を事前に示さず、後から一方的に振り込むパターンが未だに多い。これは漫画家に限らず、ライターやデザイナーにもあるが、若者ほど金額を聞きにくい雰囲気が確かにある。あらかじめ原稿料を示された方が精神的な負担も軽減されるし、創作に集中しやすくなるのは言うまでもない。

  それにしても、「ジャンプ」には確かにこれまでも経験者の漫画が載ったことはあるが、あくまでも「ジャンプ」で発掘した新人主体の雑誌であった。こうした「ジャンプ」特有の制度は漫画家の間ではよく知られているが、それでも「ジャンプで描きたい」と希望する経験者が多いのはなぜか。言うまでもなく、メディアミックスの機会が圧倒的に多いことだ。一度でもアニメ化されれば、漫画家に巨額の印税や版権使用料が入る。

  実際、メディアミックスが盛んな雑誌に移籍する漫画家が増えている。昨年から今年にかけて漫画界を席巻した『ぼっち・ざ・ろっく!』のはまじあきも、少女漫画から萌え系4コマ雑誌に移籍してヒットを飛ばした漫画家だ。少女漫画はメディアミックスが低調なジャンルとして知られ、近年、アニメ化もほとんどなされていなければ、目立ったヒット作も出ていない。はまじ同様に、少女漫画から別ジャンルに移籍する漫画家は非常に多い。

  編集部も、雑誌が売れまくっていた時代は、雑誌だけを考えていれば良かった。しかし、「ジャンプ」ですら部数が117万6,667部(2023年4月~6月の平均発行部数。日本雑誌協会発表)に落ち込んでいる。一方で、電子書籍など単行本の売れ行きは好調で、メディアミックスに伴う版権収入は大きくなっている。「ジャンプ」の経験者採用は、漫画の読まれ方が大きく変化し、作り方も曲がり角に差し掛かっていることを示しているといえる。

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