「誰も知らない感動の大奥を描きたかった」 『大奥の御幽筆』著者・菊川あすかインタビュー
ことのは文庫と魔法のiらんどがコラボした「泣ける文芸小説コンテスト」の入賞作として刊行された、菊川あすか氏による小説『大奥の御幽筆~あなたの想い届けます~』(ことのは文庫)は、霊視の力持つ奥女中・里沙と記憶を失った侍の亡霊・佐之介が、大奥に現れる亡霊たちの心残りを解き明かす感動の物語だ。丁寧な時代考証によって江戸時代の生活を生き生きと描きながらも、キャラクター文芸としての親しみやすさも兼ねそろえた本作は、多くの読者の支持を得て、10月20日には待望の第二弾となる『大奥の御幽筆~永遠に願う恋桜~』が刊行された。
奥女中を主人公とすることで、これまでにない大奥の物語となった本シリーズは、どのように生まれたのか。著者の菊川あすか氏に話を聞いた。(編集部)
参考:ことのは文庫・佐藤理編集長インタビュー 「心に残る物語は、いつまでも長く愛される」
江戸時代の魅力に気付いたきっかけ
――菊川さんにとって初の時代小説となった『大奥の御幽筆~あなたの想い届けます~』の続編にあたる『大奥の御幽筆~永遠に願う恋桜~』が、10月20日に出版されました。作品の内容について話を聞いていく前に、そもそも「江戸時代が好きだった」ということですが……。菊川あすか(以下、菊川):そうなんです。実は、江戸時代が大好きで(笑)。
――何かきっかけとなる出来事や作品などがあったのでしょうか?
菊川:今から20年前ぐらいに『大奥』のテレビドラマがあったじゃないですか。今、NHKで放送している、よしながふみ先生の漫画が原作の『大奥』ではなく、浅野妙子さんが脚本で、菅野美穂さんが主演していた作品です。
――2003年に放送が開始されたフジテレビ版のドラマ『大奥』ですね。
菊川:そう。あれを観たときに「なんて面白いんだ!」と思ったんです。歴史は学生の頃からまったく得意ではなく、江戸時代のことも全然知らなかったんですけど、そのドラマを観てから江戸の文化や風俗にすごく興味を持つようになりました。そこから10年ぐらい、ドラマの続編や特別編、映画などが公開されたんですけれど、それも全部観て「やっぱり面白いな」と。
ただ、時代小説はちょっと難しいイメージがあったので、ほとんど読んだことがありませんでした。その後、作家になってからも私は「青春小説」というジャンルで小説を書いていたので、あまり読む機会がなかったんですけど、4年前ぐらい前にあさのあつこ先生の『おいち不思議がたり』という時代小説をたまたま読んだら、それがすごく読みやすくて面白かったんです。それで時代小説のイメージが、私の中で一気に変わりました。
――どんな風にイメージが変わったのでしょう?
菊川:時代小説というとぎっしり文字が詰まっていて、読むのが大変なものというイメージだったんですけど、『おいち不思議がたり』は全然そんなことがありませんでした。しかもその小説は、ちょっと不思議な力を持っている女の子が主人公の話だったので、「時代小説でそういうのもアリなんだ!」と驚いたんです。そこから時代小説にハマって、もうほとんど時代小説しか読まないぐらいの大ファンになったんですよね。しかも、江戸時代のものをだけを選んで読んで(笑)。
――そこは江戸時代限定なんですね。
菊川:そうなんです。知野みさき先生の『神田職人えにし譚』シリーズもすごく好きですし、永井紗耶子先生の『大奥づとめ』も大奥で働く女性たちの話なので、今回の作品を考える上でもすごく刺激を受けました。そうやっていろいろ読んでいくうちに、だんだん江戸の町とかにも興味を持ち始めて、江戸の古地図を買ってきて、それと照らし合わせながら時代小説を読んだりするようになったんです。古地図をチェックしながら、「今、この登場人物はここにいるんだ」みたいなことを考えるのが、だんだん楽しくなってきて。
――完全に「歴女」じゃないですか(笑)。
菊川:そうしているうちに、いつか自分も時代小説を書いてみたいと思うようになったんですけれど、青春小説家のイメージがあったので、なかなかお仕事としては機会がなかったですし、自分にいきなり書けるとも思えなかったんですよね。そんなときに、ことのは文庫と魔法のiらんどがコラボした「泣ける文芸小説コンテスト」の存在を知って。試しに書き始めたのがそもそもの始まりでした。
時代小説を書くために
――コンテストで見事受賞をされて『大奥の御幽筆』シリーズに繋がったということですが、実際に時代小説を書くとなると、やはりいろいろと準備が必要だったんじゃないですか?菊川:そうですね。もうひたすら勉強というか、とにかく資料を集めて読み込みました(笑)。もちろん、江戸時代を描いた小説はかなりいろいろ読んでいたんですけど、わかったつもりになっていたことについても、改めて自分で資料にあたって調べるようにしました。『大奥の御幽筆』シリーズには、タイトルの通り幽霊が出てきたりとかファンタジー的な要素もあるんですけど、その舞台となる江戸については絶対に間違ったことは書きたくなかったんです。
ただ、実際に小説書く上でいちばん難しかったのは、やっぱり言葉づかいですね。私が書いてきたものは、現代を舞台とした青春小説だったから標準語でしたけれど、江戸を舞台にするとなると言葉づかいも変えないと不自然になります。かといって、あまりに厳密に言葉を変えると読みにくいし、場合によっては読者がいちいち調べながら読むことになってしまう。時代小説を読み慣れている人にも納得感があり、なおかつ読み慣れていない人でも親しみやすい文章を目指して、編集担当と毎回ディスカッションを重ねながら書き進めていきました。
――初の時代小説の舞台として「大奥」を選んだのは、どういう理由からだったのでしょう?
菊川:江戸時代の人情噺みたいなものも私は大好きで、すでにプロットはあったりするんですけど、コンテスト自体が「泣ける文芸小説コンテスト」だったので、いわゆる「キャラクター文芸」のジャンルに寄せて、大奥を舞台にすることに決めました。大奥が舞台になると、華やかな部分はすごく華やかだし、絶対に絵になると思ったんです。私が江戸時代に興味を持つようになったきっかけがドラマの『大奥』だったというのも、もちろんあります。
――なるほど。
菊川:あと、応募作品が受賞したあとに編集担当に言われたことなんですけど、ちょうどその頃、キャラクター文芸の世界ではいわゆる「後宮もの」がすごく流行っていたらしいんです。ある意味「大奥」は「後宮」だから、この作品も読者に受け入れられると編集担当は考えたみたいですね。私は当初、そんなことは全然考えていなかったんですけれど、たしかに「後宮もの」のバリエーションとして捉えると、ことのは文庫のレーベルカラーにもフィットしそうだなと思いました。江戸の暮らしぶりや大奥での日々を、現代の感覚からも共感できるように読みやすく描ければ、自然とことのは文庫の読者にも刺さる物語になるのかなと。