杉江松恋の新鋭作家ハンティング ミステリーを分析、解体、再構成する大滝瓶太『その謎を解いてはいけない』
ミステリーという小説形式をこれほど理解している書き手もいない。
『その謎を解いてはいけない』は大滝瓶太初の著書である。「青は藍より藍より青」で第1回阿波しらさぎ文学賞を受賞したのが小説家としての第一歩で、以降さまざまな文芸媒体に作品を発表しているが、これまで単著はなかった。後述の理由からミステリーを書く人という印象もなかったので、本作が出たときは結構驚いたのである。
五話から成る連作形式の小説で、第四話と第五話は前後編になっている。第一話「蛇怨館の殺人」は探偵事務所で助手として働く高校生の小鳥遊唯が、雇い主と共に山中を彷徨う場面から始まる。なぜそんな場所にいるのかと言えば、事件の調査、とかではなく単なる雇い主の趣味が採石場巡りだからである。
「コンピュータ・グラフィックの発達が現在の特撮を堕落させたんだ」「コンピュータ・グラフィックにより、ヒーローと怪人の闘いは市街地へと移った」。爆発は撮影後の動画加工によって処理され、あたかも表現の幅が広がったように思われているが、私はそうは考えない。すべて偽物になってしまった」云々と語り続ける雇い主の「イントネーションに垣間見える〈・(ナカグロ)〉」が唯にはウザくて仕方ない。
この面倒臭い探偵と、雇われの身であるためにやむなくそれを受け入れようとするも、あまりのウザさにたまらず突っ込んでしまう助手、という語りのパターンが本作叙述の根幹となっている。第一話では二人のコンビだが、話が進むにつれて登場人物が増えるので、突っ込みの頻度はどんどん増していく。先廻りして書いてしまうと、作者は計算した上で語りにこうした贅肉をつけているのである。
語りの一部を引用しただけで探偵が相当面倒臭い人物であることはわかるだろう。自称・暗黒院真実(まこと)、本名・田中友治の主たる収入源は探偵業ではなくアフィリエイトサイトである。常に黒ずくめの恰好で黒マントを着用、もちろん山登りの時も同様である。そして片方、第一話の冒頭では右目だけが緑色だ。元からではなくカラーコンタクト、実は唯が生まれながらのオッドアイ、つまり左の瞳だけが緑なのである。
「つまり、田中さんはわたしの左目と対になる方がカッコいいと思って、緑のカラコンを右目にブチこんでいるわけですね? コスプレ趣味については何も言いませんが、他人を巻き込むのはホントやめてもらえません? バカ迷惑なんで」
唯がこう突っ込みたくなるのも無理はないというものだ。
設定の説明だけで長くなってしまった。「蛇怨館の殺人」では山中の一軒家にたどり着いた二人が地元の伝説を元にした見立て殺人事件に巻き込まれる。このコンビ探偵は謎解きの進め方に特徴があり、事件の骨格に当たるものを指摘していくのは唯で、暗黒院の方はまったく別の真実を暴き立てるのである。『その謎を解いてはいけない』という題名はここに由来している。何を暴くのか、ということについては帯であっさり明かされているが、ここでは伏せる。ただでさえ探偵とは、事件解決という大義名分の下、関係者の内証に踏み込んで他人に知られたくない秘密を嗅ぎまくる行為なのだが、それにしても知られたくない部分はあるはずだ、ということである。
第二話「いるんだろ? 出てこいよ」では探偵とは高校の同級生であった作家・一(にのまえ)二三が依頼人となる。この第二話は文壇ミステリー、あるいは小説を書くことについての小説になっていて、話は自然と小説作品内に作家の居場所はあるや否やというような面倒な方向に流れていく。ゆえに身も蓋もないことを暴く暗黒院真実が活躍する余地が生まれるのである。
第一、二話とも、作品内で発生した事件の謎解きという要素と同じ比重で、事件に物語参加の正当性を保証される探偵は事態にどのような変化を生じさせるか、ということが書かれており、ミステリーのパロディを期したようにも読める。ミステリーのパロディは、肝腎の謎解き部分がしっかりしていないと成立していないが、その点の強度は十分だ。続く第三話「どちらが主人公を殺したか?」では暗黒院真実の好敵手である白日院正午が登場して、この構造はさらに強化される。
この「どちらが主人公を殺したか?」冒頭に、数学の問題に苦しんでいる唯が、雇い主に「初歩的な対称式の問題じゃないか」と鼻で笑われる場面がある。ここは意味のあるパートで、数学的思考の基礎について知識があると、事件全体が興味深く見られる仕掛けになっているのである。この第三話まで読んで、ああ、なるほど大滝瓶太だ、と私は感じた。