ギャルが好意を抱いた“おにーさん”の正体は……次にくるマンガ大賞で注目『気になってる人が男じゃなかった』

『気になってる人が男じゃなかった』レビュー

 “推し活”という言葉が流行ったのは、誰かを、何かを、好きだという感情の重さを、他人に伝わりにくくする効用もあったからじゃないかと思う。その言葉が生まれる前、たとえばアイドルを好きだなんて言うと、「いい年をして」「現実に付き合えるわけでもないのに」なんて揶揄されることもあった。

  けれど、“推している”と表現を変えたとたん、その想いが一方通行であることが前提となり、「ハマれるものがあるのって大事だよね」と肯定されやすくなる。“好き”だろうが“推し”だろうが、自分にとってかけがえのない存在で、生きる支えになっていることに変わりはないのに、関係ないはずの他人が、なぜか茶々を入れてくるのが現実だ。アイドルでなくとも、「なんでそんなものが好きなの?」と笑われ、「意味わかんない」と馬鹿にされ、傷ついた経験のある人は多いんじゃないだろうか。

 「次にくるマンガ大賞2023」Webマンガ部門の第1位を受賞した、新井すみこ『気になってる人が男じゃなかった』の主人公で、女子高生のあやも、バカにされるのが怖くて自分の好きなものを隠している。見た目はいかにも現代的なギャルだけど、NIRVANAをはじめとする洋楽ロックが大好きな彼女の趣味は、友人たちに理解されない。「聴いたことがない」「興味がない」と言われるだけならまだしも、「フツー聴かない」と言われるのは強い拒絶であり、存在まるごとの否定だ。身近な人にそれをされるのは、ものすごく、さびしい。でもあやは、笑う。「やっぱ私、趣味渋すぎぃ?」と流して、音楽はひっそり自分だけの楽しみとして抱き続ける。

©新井すみこ/KADOKAWA

 そんな彼女が、自分と同じようにNIRVANAが好きで、見た目も好みドンピシャの“おにーさん”に出会ってしまったら、心をつかまれないわけがない。お気に入りのCDショップで働く彼と、どうにかお近づきになろうと勇気をふるい連絡先を交換するに至るのだが、“おにーさん”はタイトルどおり、男じゃなかった。それどころか、隣の席に座るクラスメイトのみつきだったのである。

©新井すみこ/KADOKAWA

 学校では誰とも深くかかわらず、地味に静かにやりすごしているみつきは、あやの憧れる「いつもつまんなさそうで、スタイルがよくて、ミステリアスな黒ずくめのおにーさん」とはまるで違う。女子高生のみつきは、あやの眼中にない。だが、みつきのほうは、知ってしまった。ただのギャルだと思っていた、自分とはもっとも縁遠いはずの彼女が、自分と同じ音楽を愛し、自分と似た孤独を抱えていることを。そんなの、気にするなというほうが無茶である。放課後の自分を好きでいてくれるあやを気にかけるうち、教室のなかでも自然と二人の距離は縮まり、あやもみつきに“おにーさん”の面影を見つけて、心はさらにかき乱される。

©新井すみこ/KADOKAWA

 だからといって、簡単に二人は“友達”になれない。洋楽ロックがあやにとって“らしくない”趣味であるように、みつきと仲良くなることもまた、あやの友達の目には不自然なことに映る。好きなものも、好きな人も、関係ないはずの他者に、無遠慮にジャッジされてしまう。その理不尽を肌で感じながらも、あやは堂々と「好き」と言うことができず、自分の立場をわきまえているみつきも、あやを傷つけないよう思いやって空回りを繰り返す。

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