ギャルが好意を抱いた“おにーさん”の正体は……次にくるマンガ大賞で注目『気になってる人が男じゃなかった』

『気になってる人が男じゃなかった』レビュー

 読みながら、思い出す。学生時代、教室には、明確な立ち位置と役割があった。カーストと呼ぶほど露骨でなくとも、自然発生的に生まれた暗黙の了解に誰もが従い、秩序を乱せば「なんかむかつく」というだけの理由で疎まれる。何も気にせずふるまえるのは、よほどの変わり者か、不満をねじふせるほどの魅力をもつ人だけ。そしてそんな人は、そうそう、いない。それでも壁を乗り越え、距離を縮めていこうとするのがあやとみつきであり、誰にも曲げられない二人のまっすぐな情動に、読者は心を揺さぶられるのだ。

 本作のタイトルがもし『好きな人が男じゃなかった』だったら、もう少し受け取る感情は変わっていたような気もする。作中であやは、みつき(おにーさん)のことを“好き”と言ったり“推し”と言ったりする。とくに物語中盤以降、おにーさんの正体がみつきだとわかってからの彼女は、感情がブレブレだ。相手が異性なら容易に恋愛と定義づけられていた感情が、実はとても不確かで曖昧なものだということを、私たち読者もまた、あやとともに思い知っていく。でも、何がなんだかわからないからといって、簡単に手放してしまえるほど、その気持ちは弱くもない。簡単に“好き”だなんて言えない、でも“好き”としか言えない、誰にもカテゴライズすることのできない想いを育ててぶつけあうからこそ、二人の物語は美しいのだ。

 多くの人は “わからない”ことが好きじゃない。たとえばあやの友達が、みつきと急速に距離を縮めるあやに不機嫌な態度をとるのは、信じていた世界の秩序が崩れて、居心地の悪さを感じているからだ。彼女は決して、洋楽ロックを憎んでいるわけじゃないし、みつきのことも嫌ってはいない。というより、積極的にネガティブな感情を抱くほど、詳しくない。“CDショップのおにーさん”だって、ロックやみつきと同じように知らない、わからない存在だったけれど、片思いの感情なら理解できるし、応援できた。

  けれど、何もかもが未知で不可解なものに、自分と同じだと思っていたはずの友人が接近するのは、なんだかとても、いやなのだ。そんな、一方的で幼い友達の姿が描かれているのも、とてもいいなと思った。カテゴライズの内側でもどかしさを抱えている彼女は、たとえあやとみつきのように音楽を愛することはなくても、理解しようと心を傾けることはできる。だって彼女もまた、あやのことが大好きなのだから。

 “好き”と“推し”の狭間でゆれる二人の物語。そこに描かれるのが誰にも名前をつけられない感情、関係だからこそ、未知なる輝きをもって読者をひきつけるのだ。

■作品情報
『気になってる人が男じゃなかった VOL.1』
著者:新井すみこ
価格:1,210円
出版社‏:KADOKAWA

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