『最果てのセレナード』『ザシス』『となりの百怪見聞録』……漫画ライター・ちゃんめい厳選! 4月のおすすめ新刊漫画

 今月発売された新刊の中から、おすすめの作品を紹介する本企画。漫画ライター・ちゃんめいが厳選した、いま読んでおくべき5作品とは?

『最果てのセレナード』ひの宙子

 彼女たちはどこで間違えてしまったんだろうか。いくら読み返しても、気付いたら転調して一気に急降下していくような......そんなピアノの旋律を聴かされているような気持ちになる『最果てのセレナード』。

 物語の舞台は北海道の田舎町。ピアノ教室の家に暮らす中学生・律とその教室に通うことになった転校生の小夜。あるピアノコンクールをきっかけに2人は仲を深めていき、次第に恋愛にも似た友情が芽生えていく。けれど、小夜に対して異常な愛情と教育の熱を注ぐ母親の存在によって、律と小夜は共に破滅の道へと足を踏み入れることになる。

 2人で一緒に笑いたいだけなのに、楽しく学校生活を送りたいだけなのに、大切な人を救いたいだけなのに.......そんな幾重もの“なのに”が2人を戻れない闇へと誘う展開がとても苦しくて、切ない。例え赦されずともどうか救われて欲しい、そう願ってやまない。

『ザシス』森田まさのり

  あの『ろくでなしBLUES』や『ROOKIES』でお馴染み、森田まさのり先生が初のサスペンスホラーに挑戦されたことで話題の『ザシス』。

 主人公は中学校の教師・山内海。いじめ問題、モンスターペアレントなど教育現場で悪戦苦闘の日々を送る山内だったが、ある日中学時代の同級生・鈴木侑己が殺されたニュースを目にする。数日後、山内の恋人で文芸書の新人編集・八木沢珠緒は、公募小説の落選作に事件と酷似した内容の作品を見つける。実はこの公募小説のタイトルこそが“ザシス”で、その後も小説の内容と酷似した惨劇が発生し、山内たちを恐怖と絶望の渦へと巻き込んでいく。

 不気味で不穏な空気をまとったストーリーもさることながら、やはり注目すべきは森田まさのり先生による神がかった写実的描写。例えば、あまりの恐怖に瞳孔が大きく開いたり、額や首筋に静かに汗がつたう様子、そして惨劇の見どころといっても過言ではない犯人による拷問シーン........その全てがあまりにもリアルに描かれているから、その場の緊迫感、キャラクターたちの動揺が読み手である私たちにも伝染していく。ホラー、グロ描写への耐性がある方はこの圧倒的没入感をぜひ楽しんでほしい。

『となりの百怪見聞録』綿貫芳子

 人間、動物、虫........それぞれの種族が各々のルールで日々暮らしを営んでいるように、きっと目に見えない“何か”もその世界のルールに則ってすぐそばで生活をしているのだろうと。特に霊感があるわけではなないが、なんとなく昔からそう思っていた。そんなすぐ隣に存在しているのかもしれない“何か”を怪異として捉え、妖しく、そして時に切なく描いた作品が『となりの百怪見聞録』だ。

 怪異に好かれる男・片桐甚八と、“オバケ先生”の異名を持つ怪異好きな日本画家・原田織座が織りなす怪奇譚。2人が遭遇する怪異は奇妙で妖しいものから、切なさを感じるもの、そしてトラウマ級に怖いものまで.......怪異のグラデーション、そして角度が豊かで読み応えのあるものとなっている。

 綿貫芳子先生の美麗かつ繊細な絵柄も相まって、ページをめくるたびにまるで封印の書を解いてしまったかのように、“何か”という名の怪異たちが私たちを美しくも妖しい世界へと誘う。そんな本作のユニークな点は、怪異に遭遇した2人が、それらと分断するわけでも、ましてや戦うわけでもなく........ひとつの存在、世界として認知してフラットに接しているところだ。

 まさにタイトルにある「見聞録」というキーワードの通り、怪異たちの記録を私たち読者に淡々と、けれど臨場感たっぷりに伝えてくれる本作。もしかしたら見えていないだけで、自分のすぐそばにもいるのかもしれない怪異という存在。なんなら、実は今目に見えているものこそが怪異であるかもしれない.......そんな“もしかしたら”に少しゾッとするような気持ちと、そこから広がる妖しいドラマに期待が溢れる作品だ。

『てつおとよしえ』山本さほ

 あの『岡崎に捧ぐ』の山本さほ先生最新作『てつおとよしえ』。そんな最新作で主題として描かれるのは、山本さほ先生ご自身の父と母の物語だ。マイペースで機械オタクな父・てつおと、倹約家で心配性な母・よしえ。そんな2人の間に三人兄姉の末っ子として生まれた“私”の目線で、幼少期や思春期、そして今だから思う父と母の姿を描く。

 子供の頃、親に対してたくさんの「どうして?」を抱いていた。例えば、性格が真逆なのにどうして父と母は結婚したのだろう、大丈夫だと言っているのにどうして母は毎日同じことを聞いてくるのだろう、父はどうして私の味方をしてくれるのだろう.......そんな沢山の「どうして?」は、なぜか自分が大人になるにつれて全部理由がわかるようになる。

 自分が幼くて未熟だから気付かなかった、父と母の間にある物語、親の愛情、そして怒り役に徹してくれた母の気持ち、母とバランスを取ってあえて優しくしてくれた父の気遣い。そんな子供から大人になるにつれて段々と見えてくる、例えるならカセットテープのB面。けれど、完全に理解した頃には父母と過ごせる時間はもう少なくなっているのだと。『てつおとよしえ』を読んでいると、この親への感情や理解の移ろいを身に染みて感じて胸がいっぱいになる。

 もうすぐ母の日。今年の母の日は何を贈ろうか、プレゼントだけじゃなくて何か言葉で感謝を伝えようか.......親と過ごす時間を抱きしめるように大切にしたくなった。

『レ・セルバン』濱田浩輔

 『パジャマな彼女。』『はねバド!』の濱田浩輔先生の最新作。ラブコメやスポーツ漫画のイメージが強い濱田浩輔先生だが、最新作では大切なものを全て喪ったセルバン王の戦いと旅路を描く超巨篇ダークファンタジーに挑む。

 口髭を蓄え、さらに長く伸びた髪が印象的なセルバン王。その無造作感からは、国や愛する妻、そして娘の記憶といった大切な全てを喪った者ならではの悲哀が漂い目が離せない。さらに、口数が少なくあまり感情を表に出さないセルバン王の性格も相まって作中では無骨な空気を感じるが、世界を滅ぼすほどの邪竜という存在、それを封印する巫女の力など、緻密に作り込まれた世界観や壮大な設定が私たちの心を熱くする。

 なんと単行本化にあたり、100ページ以上の大幅加筆修正を行ったという本作。今回、加筆修正を行った話数の連載時版は「マンガワン」にて5月8日(月)正午まで無料公開される。(*以降は加筆修正版に差し替えが行われる)ぜひ、この大型連休中に単行本が1・2巻同時発売された『レ・セルバン』の世界観に浸りつつ、連載時版との違いを読み比べてみてはいかがだろうか。

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