村上春樹『街とその不確かな壁』を読み解くカギとなる「イエロー・サブマリン」の違和感

村上春樹『街と~』楽曲考察

 「イエロー・サブマリン」といえばビートルズが子供向けに書いた1966年発表のヒット曲で、後に同名のアニメーション映画の主題歌にもなる。この曲を収録したアルバム『リボルバー』は2022年10月にアウトテイク集を含むスペシャル・エディションが発売され、これまで公開されていなかった「イエロー・サブマリン」のデモ音源の存在がファンを驚かせた。初期のバージョンと思われる「Songwriting Work Tape / Part 1」はジョン・レノンによる弾き語りで、「No one care」というフレーズの繰り返し出てくるうら寂しい曲調である。ここにポール・マッカートニーの考えたサビが加わり、ドラムのリンゴ・スターがボーカルをとる陽気な曲に変化していったことが50年以上の時を経て明確となったのだ。

 「イエロー・サブマリン」のパーカーを着た少年は、このデモ音源に流れる雰囲気と似た環境に身を置いている。特殊な能力と近寄りがたい性格ゆえに町の人々に気味悪がられ、図書館以外に居場所はなかった。そんな彼が偶然にも、「壁に囲まれた街」の存在を知ることとなる。

 コーヒーショップの女性と今後どう付き合っていくべきか逡巡する〈私〉。そこで彼女との間に横たわる「壁」について考えたのがトリガーとなり、高い壁に囲まれた街に再び戻る第三部。そこになぜか、イエロー・サブマリンのパーカーを着た少年も姿を現す。しかもある方法で「夢読み」の仕事に就き、〈私〉以上の適性を発揮する。船乗りに聞かせてもらった潜水艦での暮らしは、気楽で不満なんてひとつもないと歌うビートルズの「イエロー・サブマリン」。その歌詞が、本来いるべき世界にたどり着いた彼の気持ちを代弁しているようにも見えてくる。

 一方、少年の登場によって〈きみ〉と作りあげた理想の世界に違和感を覚えるようになった〈私〉は、同じような心境でいられなくなる。一度完成した世界に綻びを生むことで、同じモチーフの過去作とは異なる結末へと進んでいく本書。そのテーマにあたる曲として、街の静けさとは相容れない賑やかさの「イエロー・サブマリン」ほど、ふさわしい曲もない。

 

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