劇団四季が舞台化する『ゴースト アンド レディ』は優れた恋愛漫画 藤田和日郎が描きたかったこと
2024年5月、劇団四季によるミュージカル『ゴースト&レディ』が上演される(演出:スコット・シュワルツ)。原作は、『うしおととら』や『からくりサーカス』などのヒット作で知られる藤田和日郎の『黒博物館 ゴースト アンド レディ』。「黒博物館」は、19世紀の大英帝国を舞台にした伝奇アクション・コミックのシリーズであり、『ゴースト アンド レディ』はその第2作目にあたる。
主人公はフロレンス・ナイチンゲール
『ゴースト アンド レディ』の主人公は、若き日のフロレンス・ナイチンゲール(愛称はフロー)。そう、近代看護の礎(いしずえ)を築いたといわれる、あのナイチンゲールだ。
ある時、フローは、ロンドンにあるドルーリー・レーン王立劇場を訪れる。“誰かを助けたい”と思いながらも何もできない無力な自分を悲観した彼女は、そこに棲みついている「灰色の服の男」と呼ばれる幽霊(ゴースト)に、「私を取り殺してください」と願い出るのだった。
芝居好きな幽霊である「灰色の服の男」――「グレイ」は、自らを「悲劇」の登場人物になぞらえ、「オマエが“絶望”した時に殺してやる」と、彼女の願いをいったんは引き受けるのだったが、しだいにグレイはフローに惹かれていき、フローの方でもまた……。
※以下、『ゴースト アンド レディ』のネタバレあり。同作を未読の方はご注意ください。(筆者)
実在の人物が登場する「伝奇物」の面白さ
ナイチンゲールが主人公であるということからもわかるように、本作のおもな舞台は、クリミア戦争下の荒廃した野戦病院である。フローは、劣悪な衛生状態にあるその病院を改善すべく、孤軍奮闘するのだったが(徐々に協力者や理解者たちは増えていく)、そんな彼女の前に、ジョン・ホール軍医長官という恐ろしい“敵”が立ちはだかる。
ジョン・ホールには、デオン・ド・ボーモンという性別不明の幽霊が取り憑いており、フローの“活躍”が気に食わない彼は、幾度もその幽霊を刺客として、彼女のもとに差し向けるのだ(そのたびに、グレイが剣で応戦する)。
ちなみにこのデオン・ド・ボーモンもまた、ナイチンゲールと同じように実在の人物である。
1728年、フランスはブルゴーニュ地方のトネールという町で生まれたデオンは、後に外交官や軍人として辣腕を振るうことになるのだが、“彼”が歴史に名を残したのは、そうした政治上・軍事上の功績によってではなく、生涯のある時期、ずっと「女装」を通したという奇行のためだろう(じっさい、女性と見まがうようなたいへんな美形だったようだが、その「女装」の真相については諸説あるので、詳しくは、澁澤龍彥『妖人奇人館』などを読まれたい)。
また、フェンシングの達人でもあり、たとえば、当時の有名な剣士、サン・ジョルジュとの試合では、長いスカートに足がからまり苦戦しながらも、最後には見事に敵を打ち負かしたという。
いずれにせよ、こうした個性的な歴史上の人物を奇想天外な物語の中に組み込んでいくのが、いわゆる「伝奇物」の面白さの1つだともいえるが――それにしても、「ナイチンゲール×デオン・ド・ボーモン」という突飛な発想は、なかなか出てくるものではないだろう(なお、「黒博物館」シリーズ第1作『スプリンガルド』では、ヴィクトリア朝のロンドンを騒がせた謎の怪人「バネ足ジャック」が、現在、「モーニング」にて連載中の第3作『三日月よ、怪物と踊れ』では、『フランケンシュタイン』の著者、メアリー・シェリーが主人公になっている)。