「村上春樹」新刊発売間近、今読んでおくべき幻の中編『街とその不確かな壁』の魅力

村上春樹『街とその不確かな壁』レビュー

 「壁」という言葉を聞いてやはり思い出すのは、村上春樹のエルサレム賞受賞スピーチ「壁と卵 – Of Walls and Eggs」だ。イスラエルによるパレスチナ自治区ガザ攻撃を批判し、「もしここに硬い大きな壁があり、そこにぶつかって割れる卵があったとしたら、私は常に卵の側に立ちます」と語った。そして壁は何を意味するかについて「爆撃機や戦車やロケット弾や白燐弾や機関銃は、硬く大きな壁です」「その壁は名前を持っています。それは『システム』と呼ばれています」などと解説した。春樹にとって「壁」が重要なモチーフであることは間違いない。

 現代において壁というと、イデオロギーやアイデンティティの「分断」の象徴のように捉える向きも多いはずだ。しかしだからといって「分断をフィクションの力で乗り越える試み」などと考えたら、いかにも作品を矮小化しているようにも思える。重要なのは、壁というモチーフを多義的に解釈できるものとして捉えた上で、その広がりと物語の交錯を存分に味わうことにあるだろう。本作冒頭で示唆されるように、小説世界においては壁をはじめとしたあらゆるものが「ことば」によってつくられていて、だからこそ「不確か」で曖昧な存在なのだ。

 先入観もあるのだろうか、本作を読んでいると、何かが始まる予感のようなものを感じさせる。思えば、この「壁」と「ことば」というテーマは、作家・村上春樹が全キャリアをかけて模索してきたのではないだろうか。つまり、最新作ではその集大成を目撃できるかもしれない。そんな期待を抱きながら、刊行を楽しみに待ちたいと思う。

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