川上未映子の新境地『黄色い家』インタビュー 「人間のどうしようもないエネルギーを物語にしたかった」

川上未映子『黄色い家』インタビュー

 2020年、20代女性への監禁・傷害の罪で吉川黄美子被告・60歳の初公判が開かれた。その記事を読んだ花は、黄美子との過去を思い、当時一緒だった蘭と会う。今は行方不明の桃子を含め、かつて同居した4人は、警察にいえないことをしていたらしい。物語は1990年代後半にさかのぼり、15歳の花がスナックで働く母の友人・黄美子と出会い、ともに過ごした20歳すぎまでの年月を描いていく。 

 そのような構成の川上未映子『黄色い家』(中央公論新社)は、非合法な“シノギ”に手を染める内容でエンタテインメント性がありつつ、女性4人の共感と齟齬を細やかにとらえている。本作は、どのように生まれたのか。著者に訊いた。 (円堂都司昭/1月31日取材・構成)  

念頭にあったのは「家」を描くこと

――『黄色い家』の物語を構想したのは、「娘について」(『春のこわいもの』2022年所収)を書いたことがきっかけだとか。40代の小説家・よしえが過去の親友とその母について回想する作品です。 

川上 「娘について」は、本人も忘れていた過去にリベンジされるというか、追いかけられる構成でした。それを長編でやると、どうなるのかなと思って。念頭にあったのは、家です。家は制度の象徴ですし、多くの犯罪は家で起きますよね。それでも希望の象徴で、コミュニティの最小単位。女の子たちが連帯して家で住む。そこでなにかが起きて変わっていくんだろう。いろんなイメージが同時に動き始めて、こんな小説になりました。  

――400字詰め換算1100枚超の長編ですが、書き始める時点でどの程度考えていましたか。  

川上 いつも、わりとしっかり決めて書くんですけど、今回は少し、違いました。タイトルと十三章までの目次は、こういう流れになるといいなと最初に決めましたが、具体的になにが起きるかは、書くまでわかりませんでした。「第一章 再会」を書いた後に「花は黄美子とスナックを始めるんだな」とわかる感じでしょうか。家を建てるときに坪数とだいたいの間取りは決まっているけど、どこがどんな部屋で、どんな家具を置くのかは、まだわからないような(笑)。  

――シノギを題材にした内容はミステリー的でもあるんですが、それは意識したんですか。 

川上 読みたい読みたいと思いながら、わたしはまだ現代ミステリーをきちんと読んだことがないので、どんな構造を持っているかわからないんです。 

 ――意外性も大衆性もあるし、結果として面白い小説になっていると思います。書くうえで文学好きが読む文芸誌と新聞は違うと思いますが、意識しましたか。  

川上 新聞連載なので、新聞記事で始めようと思ったくらいで、ほかはなにも意識しませんでした。掲載媒体の違いというより、語り手によっての変化があったかな。前作の『夏物語』(2019年)が同じく1000枚くらいの一人称。主人公が作家だったんです。だから、使える語彙や比喩もいろいろあるんですけど、『黄色い家』の視点は、15歳で初登場の花ちゃんです。彼女は本を読むタイプではないので、使う語彙も違います。元気で、どたばたなコミック感があって、そのスピード感を楽しんでもらえたのかな。  

(c)神藤剛

――大衆性といえば、桃子がカラオケでX JAPANを歌う場面が印象的でした。 

 川上 わたしも、あのシーンは書いていて、とても楽しかったです。 

――花は、風水で金運を呼ぶという黄色にこだわります。『黄色い家』のカバーには「SISTERS IN YELLOW」という英題も書かれている。  

川上 黄色、イエローには多くの意味がありますよね。花と黄美子が開くスナックは「れもん」だけど、Lemonにもアメリカの俗語で、どうしようもない人たち、というような意味があります。危険だったり、不穏な色でもあるし。でも、同時に明るさがあってアッパーで、金、家、犯罪、カーニバルの物語には、黄色しかないな、と思いました。

――桃子がX JAPAN「紅」を熱唱するのは、花の黄色の反対みたいなイメージでしょうか。  

川上 どうでしょう。90年代の東京というと、まず浮かぶのは渋谷系のカルチャーだと思うんですが、X JAPANはなんというか、儀式に近い感じがしました。バンドでありコミュニティであり、不幸な事故があり、解散もしている。小説はシンフォニー的でもあって、表面に聴こえなくても全体を支えてくれるなにかがあったりします。この小説に呼応してくれるそんな音の位相は、X JAPANしかないと思いました。当時の音楽雑誌にも書かれていましたが、なるほどポップスは誰かと一緒に聴くものだけど、ヘヴィメタルには「社会はどうでもいい、世界とお前の関係はどうなってるんだ」と迫ってくる切実さがあって、一直線でがむしゃらな花とすごく合っている気がします(笑)。

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