【BL作品レビュー】“待つ”という深い愛ーー『アバウト ア ラブソング』に見た、年の差恋愛における真の誠実さ

【BL作品解説】『アバウト ア ラブソング』

 112万人ーーこれは、総務省統計局が出した、2023年1月1日時点で18〜20歳を迎えた新成人の人口だ。法律上の成人となったら、できることが増える。「成人と安心して交際できること」も、その1つだろう。例えば未成年の間は、児童福祉法や青少年保護育成条例のもと、成人との性的関係が問題とみなされる可能性は十分にある。たとえ、双方に合意があったとしてもだ。

 この法や条例といった“おかしてはならない”ラインが、ラブストーリーでは大きなスパイスとなる。どうしようもなく惹かれ合っているふたりが、未成年と成人というラインを理由に、恋心をマグマのように溜め込んでいる姿にも、それが爆発してしまう瞬間にも、胸が高鳴ってしまう。さらにBLにおいては、ふたりの恋愛関係に性が伴うことも少なくない。この“踏み外してしまう”描写に、ふたりの間で燃え上がる恋心が投影されてきた。

 しかし今回『アバウト ア ラブソング』(夏野寛子/from RED comics/シュークリーム)で描かれた未成年との恋愛の形に、どこか抱き続けてきた「踏み外してしまうことを愛と言っていいのか」という問いへの答えを見た気がしている。

※以下、『アバウト ア ラブソング』および『好きになったらダメですか?』(文川じみ/BABY comics/ふゅーじょんぷろだくと)のネタバレあり。

“子どもである事実”を伝える誠実さ

 本作で恋愛関係となっていくのは、同じコンビニでバイトをしている、28歳バンドマンの星名みづきと高校生の瀬戸佑成だ。理性の弱さに定評のある星名は、大学生くらいだろうと思っていた瀬戸と一夜を明かしてしまう。翌朝「自分は高校生だ」と瀬戸に明かされた星名は、シフトをずらし距離を置こうとした。しかし、医学部を目指す人ばかりの超進学校に通うがゆえに、本当に叶えたい“幼稚園の先生になりたい”夢を口にできずにいた瀬戸は、「子どもだから間違えるなんてことない」と言ってくれた星名にどんどん惹かれていく。そして星名も、自分に信頼を寄せてくれる瀬戸に愛おしさを募らせていった。

 そんなふたりの関係に大きな変化をもたらしたのは、母親に自分の夢を明言した瀬戸の姿だ。優しい母親をがっかりさせたのではないかと吐露する瀬戸に星名は、高校時代に音楽に本気だったと両親に伝えられなかった自分を重ねる。そして瀬戸の未来を想い、苦手としていたラブソングをつくり、彼の好意を受け止めない選択を取ったのだ。

“こうしたら嬉しいだろうなとか
傷つくだろうなって
わかっててできるよ俺”

 これは、星名が瀬戸の告白をはっきりと断る前に突きつけたセリフだ。星名が言うように、大人は子どもをいいようにできるだけの力も頭脳も持っている。星名が瀬戸の押しに根負けして、今度は高校生であることを認識したうえで体の関係を持つ、というBLでよく見かける展開だって考えられた。しかし星名は、「できるならしたらいい」と言う瀬戸に、「今手を出して、大人になった瀬戸にがっかりしてほしくない」と、未来の彼ごとを愛し守る言葉とともに、距離をとる意志を示したのだ。

 この星名の答えに瀬戸は、子ども扱いされたようで悔しいと思いつつも、はじめて向き合ってくれたと嬉しさも感じていた。それはきっと、星名が瀬戸を“子どもである事実を受け止める強さを持ったひとりの人間”だと信じていたからではないかと思う。“子ども扱いすること”と“子どもである事実を伝えること”はイコールではないのだと、星名の言動が教えてくれる。

 また星名は、理性が弱く“大人のずるさ”を深く知っている人物だ。そんな彼だからこそ、本当に大切にしたい瀬戸を想い、自分の弱い部分をさらけ出しながらまっすぐに、誠実に向き合えたのだと思う。

大人だからこそ伝えられる“待つ”という愛

 ふたりは最終的にどうなるかというと、無事、恋人となる。ただ付き合うまでに、瀬戸が成人してから4年もの月日がたっていた。間違いなく惹かれ合っているふたりにもかかわらず、恋人とへとステップアップするのに、なぜこんなにも時間がかかったのか。それは星名が、瀬戸に与える影響の大きさを恐れたからだ。

 ただ星名は同時に、瀬戸が「高校を卒業したら、星名が知らない人と遊びまくる」と宣言したのを気にしており、「クラブには行かないで」と軽い束縛ともとれる言葉をかけている。まだどこか “大人になりたい” と焦る瀬戸と恋人になるという確約を今すぐにはできない、でも大切にさせてほしい。星名はそんな自分の態度を「ずるい」と表現した。

 ただ筆者はこの言動に、強い誠実さを感じている。なぜなら、星名は自身が持つ大人の特権を理解したうえで、瀬戸が自分の取った選択を後悔しないタイミングまで待たせてほしいと言っていると思うからだ。

 この“待つ”愛は、教師の名取洋平と生徒の白石要の恋愛を描いた『好きになったらダメですか?』でも見られた。ふたりの間で芽生えた恋心は、やがて抑えがきかないものとなっていく。そして白石の口から出たのが「好きになってごめん」という言葉。「好き」という感情を自ら否定する、あまりにもつらく胸が締めつけられるシーンだ。そんな彼に名取がかけた言葉が「白石が卒業するまで待っててもいいか?」だった。

 『好きになったらダメですか?』で設けられた恋のハードルは、どちらかというと教師と生徒という関係性に比重が置かれていたように思う。ただ先生と生徒の恋が禁断とされている理由も結局は、成人と未成年という越えてはならないラインにたどりつく。

 人間である以上、未成年と成人というラインを越えて好きになる人ができる可能性もあるだろう。その感情自体は、否定されるものではないと思う。ただしその未成年の相手が大人になるのを待たずに性的な関係を持ってしまうことが本当に“愛”と言えるかどうか、大人だからこそ伝えられる“待つ”という愛があることを、物語を楽しみながらも常に問い続けたい。

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