漫画家志望者は専門学校に行くべき? アシスタントを採用しにくい漫画家の懐事情と技術習得の深い関係

専門学校を出たら漫画家になれるのか?

 漫画家になるためには、専門学校に行くべきかどうか? この問いはたびたびネットで議論になる。漫画家の中にも賛成派もいれば、反対派もいる。しかしながら、そもそも漫画家は国家資格ではないため、教育を受けなくてもなることは可能だ。「僕は漫画家です」と名乗りさえすれば、今日からでも漫画家を始めることはできるのである。

 ただ、漫画家になることと、それで食べていけるかはまったくの別問題である。漫画家ほど収入に極端な差がある職業はなかなかない。売れっ子になれば作家によってはサラリーマンの生涯賃金を1年で稼ぐこともできるが、売れなければ収入がゼロに近いこともままある。専門学校を出たからといって著名な雑誌での執筆が保障されているわけではないし、ましてやヒットを飛ばせるわけではないのが、漫画家という職業なのである。

かつてはアシスタントでノウハウを学んだ

 専門学校の存在意義のひとつとして、プロになるための技術を習得できる点が挙げられる。では、専門学校がなかった時代の漫画家の卵は、技術をどこで学んでいたのだろうか。それは、売れっ子の漫画家のアシスタントになることであった。仕事場に通いながら、スクリーントーンの貼り方、アシスタントへの指示の出し方、編集者との付き合い方まで学んだのである。

 ベテランの漫画家に話を聞くと、トーンの貼り方も知らない、集中線の描き方もわからないなど、素人同然のアシスタントが来ることも珍しくなかったと話す。しかし、そういったアシスタントに手取り足取り教え、一人前に育て上げたと話す漫画家も少なくない。

 漫画制作のデジタル化によってこの状況が大きく変わった。原稿のデータをメールでやり取りすればよくなり、アシスタントが仕事場に来る必要がなくなったのである。2020年から発生したコロナ騒動でその傾向は一層強まり、リモートで指示を出すスタイルは普通になった。驚くのは、一度も会ったことがない人をアシスタントにしている漫画家もいることだ。実際、ある漫画家は海外に住むアシスタントとLINEでやり取りし、自身はiPadを使い、喫茶店で漫画を描いている。

 ところが、リモートではゼロから教育することは面倒だし、困難である。そのため、漫画家は必然的に最初からある程度の技術をもつか、プロアシスタントとして生計を立てている人に依頼するようになった。つまり、新人はアシスタントをするうえで、最初から高いレベルが求められるようになったといえる。こうなれば、漫画家とアシスタントは上司と従業員のような関係になっていき、「師弟関係」は生まれにくくなるかもしれない。

漫画家の懐事情は厳しくなっている

 あまり知られていないが、アシスタント代は出版社が出すものではない。漫画家が原稿料の中から出すのである。原稿料の相場は新人なら1ページ数千円が普通で、ベテランでも1万円台という例も珍しくない。したがって、漫画家は原稿料だけでは赤字というケースがままあるため、単行本が出れば入る印税で、制作で生じた赤字分を穴埋めしてきたのだ。

 しかし、漫画家の懐事情も厳しくなりつつある。長引く出版不況や、それに追い打ちをかけたコロナ騒動やロシアのウクライナ侵攻に伴う紙代の高騰で、出版社は単行本の初版の部数を渋るようになったのである。印税で赤字を補填するという昔のビジネスモデルの維持は年々難しくなっている。これでは、よほどの売れっ子漫画家でもなければ、新人に教え込む余裕はないのではないか。

 そして、慣例として紙の場合は刷った分だけ印税が入るが、電子書籍の場合は売れた分だけ印税が入る仕組みを取る出版社が多い。漫画家が紙の単行本にこだわる理由はここにあり、電子書籍一本では稼げないと嘆く漫画家も少なくない。さらに、WEB漫画に至っては、人気がなければ紙はいうに及ばず、電子書籍にもならない場合がある。これでは漫画家はますます食えなくなるだろう。

出版社の協力が今こそ必要ではないか

 アシスタントで技術の習得が難しくなりつつある今、専門学校が果たす役割が大きくなっている。だが、専門学校の学費は高い。生活が苦しい場合では奨学金を借りるしかないが、漫画家は安定収入を得るまでが大変なので、返済できるかどうかが気がかりである。対して、アシスタントはお金を貰いながら学べるメリットがあった。金銭的に貧しい人でも漫画家への道が開かれていた、優れたシステムだったのである。それぞれ一長一短あるが、日本の漫画文化を守るためには、新人の育成と、アシスタントの確保は欠かせない。

 漫画の制作はデジタル化によって楽になったとはいえず、かえって緻密な描き込みが求められるなど、以前よりも手間がかかるようになった面がある。にもかかわらず、原稿料が上がらないという話を聞く。2023年はインボイス制度の導入で、新人漫画家はますます厳しい生活を強いられるといわれる。

 筆者は出版社の協力が必要だと考えている。せめて原稿料にアシスタント代を上乗せするなど、出版社には漫画家への協力体制を惜しまないでほしいと思う。国会議員になった漫画家の赤松健をはじめ、ベテランの漫画家が一丸となり、漫画の未来を守るために積極的な働きかけを進めてほしいものである。

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