アシスタントのリモート化で新人漫画家が育たない!?  奥浩哉が危惧する漫画制作の現場とは

 

新人漫画家が育たないかもしれない?

 漫画『GANTZ』などの作品で知られる奥浩哉が、漫画家とアシスタントの現状に関するツイートをして、話題になっている。

 奥曰く、以前なら、新人漫画家が絵の上達を図る方法といえば、漫画家のアシスタントをやるのが近道であったという。実際に、奥はアシスタントをしながら、パースの取り方やアシスタントの使い方、そして連載のやり方まで、商業誌で漫画を描くうえで大切なことを学んだと語る。しかし、アシスタントはリモートが主体になり、漫画家の仕事場に行くことが少なくなった。そのため、直接教えを乞うことができなくなったというのだ。

  奥が言うように、アシスタントを経験して実力を磨いたという漫画家は多い。笹生那実の『薔薇はシュラバで生まれる―70年代少女漫画アシスタント奮闘記―』や、吉本浩二・宮崎克の『ブラック・ジャック創作秘話〜手塚治虫の仕事場から〜』などを読めばわかるが、大御所は意外にも新人に優しかったようだ。どちらの本にも、新人がアシスタントを務めた際に、巨匠から漫画のいろはを教えてもらったエピソードが紹介されている。


 釣り漫画の金字塔『釣りキチ三平』で知られる矢口高雄も、アシスタントには手厚く指導をしていたようである。リアルサウンドブックで取材した矢口の妻の髙橋勝美によれば、矢口は入ったばかりのスタッフに、ペンの使い方から線の引き方まで丁寧に教えていたという。数十年前には漫画の専門学校はほとんどなかった。そのため、新人は、漫画の技法や作家としての心構えをアシスタントの現場で身に着けていたのである。

  

最初から上手いアシスタントにしか仕事が頼めない!? 

 漫画制作の現場と聞いて、どんな光景を思い描くだろうか。『バクマン。』で描かれたように、アシスタントが漫画家の仕事場にやってきて、泊まり込みで原稿を仕上げるイメージかもしれない。もちろん、従来のアナログ的な手法で制作する漫画家の現場は、今でもそれが主流だ。しかし、デジタルで原稿を仕上げる漫画家は、「一度もアシスタントと会ったことがない」と話す人もいるのである。

 令和2年(2020)にコロナ騒動が始まった頃、『週刊少年ジャンプ』編集部が「連載漫画の休載が増える可能性」を告知した。当時は外出も憚られる空気感があり、そのうえ漫画制作の現場は密になりやすい。リスクを避けながら執筆に専念してもらうためには、妥当な対応だったといえる。ところが、思っていたほど休載は増えなかった。これは、漫画制作が既に、デジタル主体に移り変わりつつあっためといえよう。

 デジタル化は費用面でのメリットが大きい。私の妻も漫画家であるが、実は我が家のアトリエも、今年の7月から原稿制作を完全にデジタルに切り替えた。すると、毎回のスクリーントーン代のみならず、アシスタントの交通費も浮いたため、経費が大幅に削減できた。部屋をきれいに掃除する手間も省ける。都内にある編集部まで原稿を持っていく必要もない。総じていいことづくめであった。

 しかし、リモートでは「今日中にこの背景とこのモブを描いておいて」のような依頼の仕方になり、対面形式と比べれば、どうしても交流は希薄になる。さらに言えば、新人の面倒をみる余裕がある漫画家はどれほどいるだろうか。原稿料が上がらない、発行部数が少ないため印税が減ったなど、様々な問題を抱えている漫画家も少なくないためだ。そのため、「最初から実力が備わっているアシスタントにしか仕事を頼めなくなった」と話す漫画家は多い。新人側にとっても、アシスタントを経験するハードルが上がってしまったといえる。

 では、新人はいったいどこで技術を学ぶのか。専門学校があると言われそうだが、専門学校は学費を払う必要があり、しかも学費が高い。対してアシスタントはお金を貰いながら学ぶ場である。お金を払って学ぶ場(専門学校の場合は親のお金で通っていることも多いだろう)と、貰って学ぶ場とでは、身につく能力に大きな差が出てくるのではないかと私は考える。

変わりゆく漫画制作の現場

 ネットの普及によって、初めから才能と実力がある人はデビューが容易になった。対して、修行をして実力をつけていく、磨けば光るダイヤの原石のような新人もいるはずだ。アシスタント経験はそういった新人の研鑽の場に最適であった。しかし、リモート化が進めば、そうした原石を発掘する場がひとつ、失われてしまうのも事実ではないだろうか。

 アシスタント先の漫画家や編集者のパワハラに悩み、筆を折った人もいる。対して、厳しい指導のおかげで今があると語る人もいる。昔と違い、今の方が実力主義で才能ある漫画家が活躍しやすいと話す人もいる。

 それぞれの手法に一長一短があり、正解はないため、どちらがいいのかとここで言うつもりはない。しかし、現在は、漫画の作り方が変化しつつある過渡期であることは間違いない。それが吉と出るか凶と出るかは、10年、20年先を見てみないとわからないのである。

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