『メイドインアビス』と『風の谷のナウシカ』が描くものの違いーー狂気に満ちた冒険の哲学
「アビス」は直径約1000メートルの巨大な縦穴だ。深界一層から七層までの多層構造となっており、下に向かうほど人智を超えた原生生物や巨大植物が跋扈する未知の世界となっている。リコは、七層のさらに下にある「深界極点・奈落の底」にいると思われる母に会うため、レグたちと旅をしているのだが、深界の底に向かうほど「アビスの呪い」は強まっていく。
「アビスの呪い」は大穴の空気の流れが人体にもたらす影響で、気圧の変化によって起こる体調不良を極大化したような現象だ。上層から下層に降りていく際には影響はないのだが、下層から上層に戻ろうとすると大気の負荷がかかる。浅い層での移動なら、軽いめまいや吐き気を覚える程度で済むのだが、深い層に向かうほど身体にかかる負荷は大きくなる。そして六層から上昇しようとする者は、死に至るか、人間性を喪失した異形の怪物「成れ果て」へと変貌してしまう。つまり深界の下層に降りれば降りるほど、地上への帰還は困難なものとなり、人間としての知性と身体を失ってしまうのだ。
哲学者のフリードリヒ・ニーチェの著書『善悪の彼岸』(中山元訳、光文社古典新訳文庫)に「怪物と戦う者は、戦いながら自分が怪物になってしまわないようにするがよい。長いあいだ深淵を覗きこんでいると、深淵もまた君を覗き込むのだ」という格言がある。
「成れ果て」は深淵(アビス)を覗き込んだが故に怪物となってしまった者たちの哀れな末路だと言えるだろう。しかし「成れ果て」の中には、リコたちが出会うナナチのように、たとえ姿が人間と獣の性質が混じりあった獣人となっても、人の心を失わずに特別な存在に変化したものもいる。同じ「アビスの呪い」を受けたとしても、それが「祝福」となる人間も存在するという両義性こそが、本作の魅力だろう。
「アビス」を下降するリコたちの冒険の中には、探窟家として未知なる世界をたくましく生きる姿と、心の深淵を覗き込むことで内なる狂気と対峙する姿が、同時に描かれている。狂気に満ちた冒険の果てにリコたちは何を見つけるのか? 深淵の底はまだまだ見えない。