『メイドインアビス』と『風の谷のナウシカ』が描くものの違いーー狂気に満ちた冒険の哲学

『メイドインアビス』の狂気と哲学

 つくしあきひとの漫画『メイドインアビス』(竹書房)は、ファンタジー漫画の金字塔といえる作品だ。本作は“人類最後の秘境”と呼ばれる巨大な縦穴「アビス」に挑む探窟家の少女・リコとアビスからやってきた少年の姿をした謎のロボット・レグの冒険譚。2012年から配信サイト「WEBコミックガンマ」で不定期連載がはじまり、コミックスが11巻まで刊行されている本作は、2017年にアニメ化されたことで人気に火がついた。 

 作者のつくしあきひとは、ゲーム会社コナミで、キャラクターデザイン等を担当していた。コナミ退社後、本格的に漫画を手掛けることになるのだが、『メイドインアビス』の世界観は、とてもゲーム的だ。「アビス」の世界観や、劇中に登場する原生生物や遺物と呼ばれる謎のアイテムの設定はとても緻密に作り込まれており、物語と平行する形で原生生物や遺物の解説が細かく挟み込まれる。その文章だけでも読み応えがあり、架空の図鑑を読んでいるような楽しさがある。

 一方、リコとレグを筆頭とする各キャラクターは丸みのあるかわいらしいデザインとなっているのだが、物語は残酷で容赦のない展開が続く。「アビス」の生態系に翻弄されて身も心もボロボロに傷つきながらも、下へ下へと突き進んでいくリコたちの冒険は人知を超えた出来事の連続で、絵柄と物語と世界観のギャップが心地よい酩酊感を与えてくれる。

 漫画としては、グレー系を基調としたデジタル作画が印象的だ。ゲームやアニメのキャラクターをグレー系の水彩画で描いたような手触りが、本作独自の味わいとなっている。強弱のはっきりとしたペンタッチで人物や背景の輪郭が強調されている、少年漫画によくあるファンタジー漫画に慣れていると最初は戸惑うのだが、読み進めていくと、この淡いタッチだからこそ狂気に満ちた「アビス」の世界が描けるのだとよくわかる。

 同じような手触りを感じる作品は、やはり宮崎駿の漫画『風の谷のナウシカ』(徳間書店)だろうか。最終戦争で高度産業文明が崩壊した1000年後の世界を舞台にした本作は、宮崎駿自身が劇場アニメ化したことで、国民的作品として知られるようになったアニメ史、漫画史に残る傑作だ。

 本作には「腐海」と呼ばれる巨大な菌糸によって構成された独自の生態系が登場する。「瘴気」と呼ばれる毒の空気が漂っており、巨大な蟲が跋扈する「腐海」と、大穴の底に向かうほど、独自の生態系が広がる「アビス」は、どちらも物語の世界観を支える魅力的な冒険の場であると同時に、作者の哲学が色濃く現れた舞台設定となっている。

 しかし描こうとしているものは大きく異なる。宮崎駿の自然観が色濃く反映された「腐海」に対し、英語で「深淵」を意味する「アビス」には、人間の奥底にある狂気が重ねられている。

※次ページよりネタバレあり

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「漫画」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる