明日を頑張りたいあなたへの一杯ーー北川みゆき『今宵もお待ちしております』レビュー

 大人になってお酒が飲めるようになると、少しの失敗談とともに、飲み方も洗練されていく。今日はよく頑張ったから祝杯を。今日は嫌なことがあったから忘れるための寝酒。明日を頑張るためのバーでの一杯ーー北川みゆきの『今宵もお待ちしております』は、今を頑張るあなたを応援する一杯の物語たちがつまっている。

 第2巻の黒いスタイリッシュな表紙を開くと、始まりはバーの外観とともに以下のように描写されている。

とある路地裏に
ひっそりと佇むレンガ造りの店
店の中には
美しいバーテンダーがひとり
店と彼女の名前はどちらも“更”
微笑みとともに
彼女がつくる
あなたのための一杯は
あまいものか
にがいものか
それは あなたにしか
わからない――。

 『今宵もお待ちしております』は1話完結のオムニバス形式のマンガだ。しかしどの話にもバー「更」が舞台となっており、ビスクドールのような美しい女性バーテンダーである、更がカウンターに立っている。

 作者の北川みゆきの代表作は『罪に濡れたふたり』、『せいせいするほど、愛してる』。現在『今宵もお待ちしております』(既刊2巻)と『どうしようもない僕とキスしよう』(既刊6巻 すべて小学館)を連載中。本作はオムニバス形式ということで、1話1話の構成が密になっていて読み応えがある。しかもサブタイトルはその話に繋がるカクテルの名前が付けられている。

 『今宵もお待ちしております』で印象深い話をひとつ紹介したい。第1巻収録の「ジン・トニック」というエピソードだ。

 人生の安定が一番という須田樹季は33歳。子どもの頃から住宅の間取り図を見ながら理想の家を想像し、遊ぶのが好きだった。大学は建築学科に進み、現在はハウスメーカーに就職。息抜きで出たゼミのOB飲み会で橋本と再会し、昔と変わらない橋本に安心し付き合いを始め、5年目になる。

 須田は安定が一番と思いながらも、口紅の色を変えることもできない冒険心のない自分に少し倦怠感を覚えている。そんなときに課長から大きなプロジェクトのチームの一員にならないか、と打診される。社内のひとには相談できないし、須田は橋本に相談するが……。

 橋本との食事の帰り道、一軒のバーを須田は見つける。そのバーの外装はレンガ造りで木の重厚なドアがついている。レトロで素敵な外観に「BAR」とだけ書かれた看板がぶら下がっていた。

 須田はバーテンダーが女性であることに驚いたが、その美貌にも目を奪われる。そしてカクテルのなかでもハズレがないジン・トニックをバーテンダーの更にオーダーする。

 須田は無難にジン·トニックを頼んだつもりだったが、今までのジン·トニックと全然違うことに感動する。更は「ジン·トニックの一杯でその店の個性がわかる」と言う。須田は更が追及して完成したジン·トニックなんですね、と言うが……。

完成された味など ありません
昨日は満足できたと思っても
今日はもっと 明日はもっともっと と思います
まだ見ぬ一杯を探して
私は攻めと冒険を 続けます
すべては
お客さまに
最高の一杯を
楽しんで
いただくために

 須田は更のこの言葉で自分の内で殺していた感情を、嬉しさを、露にする。更の言葉に触発された須田は少しの涙をながしながら、新しい口紅を買いに行こうと決意する。

 『今宵もお待ちしております』では男性主人公の話も多く、またカクテルの由来や作り方も丁寧に描かれている。お酒が好きな人にぜひ読んでいただきたいマンガだ。

 また謎の多いバーテンダー・更の秘密が解き明かされるのも楽しみだ。更は初めての来店者にも「今宵もお待ちしておりました」と言う。その真意はなんだろうか? またなぜ更がバーテンダーになったのかなど、まだまだ謎が多い。

 次の巻が楽しみなマンガであり、バーで一杯飲んだかのように、明日への活力を与えてくれる読後感。素晴らしいマンガである。

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