気鋭のミステリ作家・結城真一郎の初短編集が凄い YouTuberを描いた理由「新しい価値観がもたらす日常の歪みに興味がある」
中学3年で書いた原稿用紙600枚の大作
――結城さんが小説を書くようになったきっかけを教えてください。
結城:小学2年生の時、教科書に載っている宝の地図をもとに自由にお話を作る授業がありました。そこで書いたお話をグループの同級生たちが「面白い」と言ってくれて、クラスのみんなの前で読むことになりました。普段は先生の話もろくに聞いていないような子たちも含めて自分の話に真剣に耳を傾けてくれて、気持ちいいな、楽しいなと思ったことが原体験です。
その時は小説に限らず、漫画家や映画監督などお話を作る職業に漠然と憧れていました。はっきりと小説家になりたいと思ったのは中3の時。当時は私立の中高一貫校に通っていて、エスカレーター式にみんな同じ高校に行くから卒業文集に誰も力を入れないんですよ。だから好きなことを書いていいと言われて、それなら何か面白いことをやろうと、小説を書くことにしました。所属していたサッカー部を舞台に、部員たちが高校への進学権をかけて校舎内で殺し合うという……『バトル・ロワイアル』のパロディですね(笑)。原稿用紙600枚くらいの小説です。
――600枚! 大作ですね。
結城:授業中も話を聞かずに延々書き続けていました。今思えば正気の沙汰ではないのですが、それだけ楽しかったんだと思います。そのせいか、自分の学年の卒業文集が2冊になりましたが(笑)。そうして書いた小説は、同級生が「面白い」と言ってくれました。サッカー部の保護者の間でも「●●君が身を挺して仲間を守ったシーンが格好良かった」、「うちの子が殺されるシーンの情けなさは納得できない」と話題になったみたいで。書いたものを大勢の人が時間を割いて読んでくれて、思わず誰かに感想を言ってしまう。それが楽しくて気持ちいいなと改めて思いました。
漫画家になれるほど絵は上手くないし、映画監督になる方法もわからない。でも、小説は身一つあれば書ける。その時から明確に小説家になりたいと思うようになりました。
――「読む」より先に「書く」楽しさがあったんですね。
結城:そうですね。その上で小説家を目指すために読書遍歴を振り返った時、一番わくわくしていたもの、多く手に取っていたものがミステリだったので、このジャンルに決めたという順番です。
よく読んでいたのは宮部みゆきさん、伊坂幸太郎さん、東野圭吾さんの作品です。宮部さんの『模倣犯』は、試験期間中に勉強が手につかなくなるほど読みふけりました。物語も引き込まれるし、子ども心に「どうしてこれだけ簡潔な言葉でこんなに情景が浮かぶんだろう」と思っていました。
――その後、東京大学法学部に進学されます。在学中もずっと小説を書いていたのでしょうか?
結城:実は、当時はまったく書いていなくて。小2や中3の経験にあぐらをかいて、「いつか本気出せば自分はすごいものを書ける」と思っているだけでした。
転機は大学4年生の時。東大法学部の同級生だった辻堂ゆめさんが「夢のトビラは泉の中に」で第13回『このミステリーがすごい!』大賞優秀賞を受賞したことです。デビューを目の当たりにして、自分は一体何をやってたんだろう、と尻に火がつきました。奮起するきっかけを与えてくれた辻堂さんには本当に感謝していますね。
20年前は書きようがなかった題材を求めて
――同世代で意識しているミステリ作家の方はいますか?
結城:浅倉秋成さんはものすごく注目しています。2021年の『六人の嘘つきな大学生』(KADOKAWA)は就活という現代的なテーマを切り取った、かなり自分の理想に近いミステリでした。「やられた!」という悔しさと、新しい見方でこんなに面白いものが書けるってすごいな、という気持ちになりました。浅倉さんをはじめ、自分と同世代の方はライバルであると同時に、ミステリを読む人の裾野を広げるための仲間でもあると思っています。
――最後に、現代的な題材で今注目しているネタはありますか?
結城:メタバースが気になっています。あとは相席居酒屋も面白いですね。出はじめた2010年代後半の頃はうさんくさいものとして扱われていましたが、今は首都圏ではいろんな駅前で見かけます。以前はなかったけど今は当たり前に存在しているもの、そして本来は出会わなかった人たちが刹那的にその場をともにするという状況は、面白いことができるんじゃないかと感じています。
現代ならではのシチュエーションや人間の心理は、10年前、20年前には書きようがなかったもの。踏み込んでいけば、ミステリも新しい地平が切り開けると信じています。