ティモンディ前田裕太×大森望が語る、『三体』シリーズを最後まで読むべき理由 「宇宙の果てまで長い旅をした」
前田「人生にもろもろ影響を与える話」
――前田さんは、3部作ではどのパートが好きなんですか。前田:んーーー、『死神永生』かなぁ。でも、正直な話、『黒暗森林』を読んだ時、これ以上はもうないと思ったんです。物語として面白く完結して、気持ちよく終わって。最初は、もう続きはいらないから、と思ったんです。これ以上、広げようもないというか、こんなにネタがたくさん入っていて説得力も半端じゃない。もう、スタンディングオベーション! って感じだったんですけど、『死神永生』でまだ楽しませる方法があったのねっていう。こっちがお手上げ、降参! ってなっちゃうくらい面白かった。あと、人間にはこんな醜い部分もあるんだっていうところです。最近、きれいなところばかりで醜いところを書いていない小説が多くて、自分もそういうものを好んで読みがちな部分もあるんです。読んでいて気持ちいいし。でも、実際に地球が危機になったらそうなるよねということが『死神永生』にはしっかり書かれている。そこは人としてのリアリティを感じました。だから、僕は第3部がおすすめかな。
大森:本格SFとしていちばん盛り上がるのは『死神永生』で、エンターテインメントとしていちばんわくわくするのは『黒暗森林』の下巻ですね。カズレーザーさんも「アメトーーク」でいってた通り、ぶっちゃけ、第2部の『黒暗森林』から読み始めても、話はわかります。ネット上の感想を見てると、なかにはなぜか『黒暗森林』下巻から読み始めたという人がいて、途中までずっと「やっぱり中国のSFはすごいな、こんなところから始まるんだ。めっちゃ展開が速いじゃん」と思ってたと(笑)。そういう意味では、『スター・ウォーズ』シリーズみたいにどこから始めてもいい。まあ、途中からだとどうしても、それより前の出来事についてネタバレが発生するので、気にする人は第一部から読んだほうがいいとは思いますけど。
『黒暗森林』は、超ハイレベルな知恵比べの結果、どんどん世界が変わっていく話なんで、漫画の『DEATH NOTE』を連想しましたね。智子(ソフォン)を通じて、人類の情報が三体文明にすべて筒抜けになっている状態で、侵略から地球文明を守るためにはどうすればいいのか。情報を守れるのは人間の脳みそのなかだけということで、国連が、すごい作戦を考えさせるために、4人の「面壁者」を指名する。その地球防衛作戦の内容は誰にも明かしてはいけないかわり、いくら金を使ってもいい、どんな嘘をついてもいいからとにかく考えろっていう。地球三体協会がそれに対抗するために送り出す刺客が「破壁人」。一人一殺方式という。
前田:夢がありますよね。僕ならどうしようって思うけど、4人を凌駕する案を考えられるのか。そういう風に広げていくのも面白い。今なら誰が指名されるのかとか、自分が国連みたいに指名する側になって考えることもできる。いろいろ想像できるのが楽しいですよね。
大森:作中でもすごい有名人が面壁者に指名されているので、いまならイーロン・マスクとか、プーチンとか……。いや、プーチンは「執剣者(ソードホルダー)」(『死神永生』で人類の運命を左右するボタンを押す役目)のほうがむいているかもしれない。すぐにボタン押しちゃいそうだけど(笑)。
作中では、アメリカの前国防長官とか元ベネズエラ大統領とか、名だたる大物が面壁者に指名されるなか、1人だけ無名の社会学者、羅輯(ルオ・ジー)が選ばれる。こいつ何者だよっていう、全然やる気のない男。
前田:読んでいても、いやいや、こいつじゃどうにもならんだろうって、ちゃんと思えるのがすごい。でも、いろんな登場人物の亡くなりかたとかをみていると、こういうキャラクターも必要だったように思うんです。読者の精神衛生を保つみたいなところで。
大森:そう。『黒暗森林』上巻では羅輯の私生活が長々と語られて、こんな話をいつまで読まされるんだ、いい加減にしろって怒る人がいるのも当然だけど、想像上の恋人とのドライブデートの一日まで、その後の展開のいろんな伏線になっている。読者が愛想をつかしたところに大逆転がくるという、エンタテインメントの黄金パターンです。
前田:物語として本当によくできている。『三体』を読んで、自分は面壁者じゃないですけど、自分の人生を誰かに侵略されたとして、自分を地球に置き換えて考えてみると……。
大森:自分を地球に!?
前田:今遊ぶのは違うでしょうと傍から思われたとしても、遠くをみた時、最終的なものをみた時、壮大な部分が壮大すぎるからこそ、自分の周りを充実させる選択も悪くないなって思えたりする。それこそ、『死神永生』の最後の方なんか、結局、なにを選択しても関係なかったんじゃないかって思える。
大森:地球の身になって考えるというのはすごいですね(笑)。『死神永生』では、程心(チェン・シン)というわりと普通の女性が主人公になって、全人類の命運を担う決断をする。作者によれば、程心は人類を代表させた象徴的なキャラクターだということなんですが、中国や日本の読者にはめっちゃ叩かれている。毎回ハズレを引いてるじゃないかって(笑)。
前田:僕も最初、読んでいる時に途中までは、いやいや、そうじゃないでしょって思ったんですけど、最後までいくと人生観も変わるというか。この小説を読んだ後では、これは大事な二択だという時でも、頑張っていればべつにどっちでもかまわないって思えるようになる。考えかたが変わる。人生にもろもろ影響を与える話です。それは『死神永生』だけでなく3作通じていえること。SFというフィクションですけど、自分のリアルにも影響する感じがしました。最後まで読んで、人間的なままに生きていていいんだなと思ったんです。僕の場合も、仕事を成功させるためには、自分という地球の人類をちょっと削って犠牲を伴う選択をする節が多々あった。でも、もう今の自分は、傍からみたら「おいおい」と思われるような選択、つまり前田という地球をいたわる選択でもいいという風に考えかたが変わりました。それはすごくよかったし、この物語があったからそう思えた。
大森:むしろ前田さんが地球になってるんですね(笑)。程心も羅輯も、内面を持つ人間的なキャラクターというより、物語上で果たすべき役割を与えられた存在にすぎないと劉慈欣は言ってるので、程心がまちがった選択をしても、それは程心のせいではない。でも、中国では日本以上に程心の評判が悪くて、逆に冷徹すぎるくらい冷徹なトマス・ウェイドの人気が高いみたいですね。
前田:まあ、カッコいいですよね。確かに読む人の考えかたによって誰に感情移入できるかは違ってくる。
大森:日本では元警官でタフな史強(シー・チアン)の人気が圧倒的ですね。
大森「答えは、宝樹の『三体X 観想之宙』で」
――予定時間が近づいたのでそろそろ締めにむかおうと思いますが。前田:えー、話し足りなーい。
――『三体』3部作を面白く読んだ人が、次に読むべき小説とは。
大森:劉慈欣は、三体人は本当はどういう存在なのかをずっと伏せたまま3部作を終えたんですけど、その答えは、宝樹の『三体X 観想之宙』(日本語版は7月6日発売)で……。
前田:うわっ!
大森:……明らかになるんですけど、本当かどうかはわからない。『三体』の熱狂的ファンである宝樹が、『死神永生』で書かれていなかった部分を想像して書いて、劉慈欣公認で刊行された小説なんです。でも、劉慈欣にあなたが考えたのはこういうことですかと答えあわせしたわけではない。ただ、劉慈欣が伏線を張りまくって回収しきれずに終わったのを、あたかもすべてわかっている人がかわりに回収するために書いたかのようにみえる。
前田:お話の作りかたとしてすごいことですね。
大森:人間関係のネタも、SF関係のネタも、よくそんなこと考えついたなあと思うくらいよくできてますね。あと、『三体』3部作と直接関係がある本として、劉慈欣の短編集『円』があります。人工冬眠や異星人による地球侵略など、『三体』の原型になったネタが入っている。作者はいきなり『三体』を書いた天才ではなくて、その前にいろんなネタを短編で試し、それらを総合して全部つぎこんだのが『三体』だったとわかる。
前田:集大成ということですね。
大森:9月にはKADOKAWAからもう2冊、劉慈欣の短編集が出ます。『地球放浪』と『老神介護』ですね。一方、『三体X』の宝樹の短編集『時間の王』もとても面白い。そのなかの「三国献麺記」は、ラーメン屋が店のラーメンの起源について嘘を謳っていたんだけど、それを真実にするためタイムトラベルで『三国志』の曹操のところへ行くという愉快な法螺SFです。
『三体』とよく比較される作品としては、ジェイムズ・P・ホーガン『星を継ぐもの』があります。月でなぜか死体が見つかる内容で、SFでもミステリーでもあって、日本での人気も高い。『三体』に影響を与えた作品としてあげられるのは、『黒暗森林』で言及されるアイザック・アシモフ『ファウンデーション』シリーズです。Apple TV+でドラマ化されていますが、ファウンデーション=基礎で、アルカイダも基礎という意味だから、ビン・ラディンはそこからテロ組織をアルカイダと名づけたのではないかという都市伝説がある。その真偽を確かめるシーンが『黒暗森林』に出てきます。
『ファウンデーション』は心理歴史学者が大きな帝国の滅亡を予言して、人類を再興するためにはどうすればいいかという内容で、さかのぼればギボンの『ローマ帝国衰亡史』がもとになっている。『死神永生』も東ローマ帝国の首都コンスタンティノープルの陥落から物語を始めています。『黒暗森林』で引用される田中芳樹『銀河英雄伝説』も『ローマ帝国衰亡史』~『ファウンデーション』の流れに位置する宇宙歴史SF叙事詩ですね。
また、劉慈欣は小松左京に影響を受けたといっていて、『死神永生』のオーストラリアのパートは、『日本沈没』の国民の大移動を地球規模で展開したようなもの。『死神永生』には、同じ小松左京の『果しなき流れの果に』のエコーも聞きとれますね。アシモフ、クラーク、小松左京、田中芳樹……と続くSFの流れの中に《三体》三部作があるので、源流へとたどっていくのもいいと思います。
中国では文化大革命で海外文化が閉ざされていた後、アーサー・C・クラーク(『幼年期の終わり』『2001年宇宙の旅』など)、アシモフなど、あるいは日本SFも含めてどっと翻訳が入った。しばらく時が止まっていたぶん、冷凍保存されていた黄金時代のSFが、1990年代以降、一気に解凍されて中国SFに大きなインパクトを与え、その衝撃が『三体』になって花開いたのかもしれません。
前田:僕も小松左京は読みましたけど、いろいろな影響についてはわかっていませんでした。昔の古きよきものが洗練され、今にあわせられて『三体』になったわけですね。世界のSFのエッセンスのいいとこどりだ。そりゃ、面白いに決まってます!
大森:もっと新しい作品では、『火星の人』のアンディ・ウィアーの最新作、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』もおすすめです。これは誰が読んでもぜったい面白いので、ぜひ予備知識なしに読んでみてください。
■書籍情報
『 三体X 観想之宙(かんそうのそら)』
著者:宝樹(バオシュー)
訳:大森望、光吉さくら、ワン・チャイ
発売日:2022年7月6日
四六判上製 344ページ
定価:2090円(税込)