「紙魚の手帖」神原佳史 編集長が語る、ミステリ専門誌からの転換 「M、SF、Fの割合を国外の作品も含めてうまく入るように」
「紙魚の手帖」の由来とは?
――ミステリ専門誌だった「ミステリーズ!」が終刊となり、総合文芸誌として「紙魚の手帖」が創刊されたわけですが、どういう経緯だったんですか。神原:この件については「ミステリーズ!」の100号前後から社内で話していました。同誌は、長編の鮎川哲也賞、短編のミステリーズ!新人賞というミステリ小説の新人賞の発表媒体だし、東京創元社という会社のカラーもあるので雑誌として当然、ミステリのイメージが強い。その限界はあると感じていました。本格ミステリでなければ書いてはいけないのではないかと思われたりしましたから。SFやファンタジーも時々載せていたし、そんなことはないんですよ。でも、作家さんに初めてお声かけした時に「ミステリは私は書けないな」という方がいらっしゃるし……。近年は、ミステリではない作品を当社で書いていただくケースも徐々に増え、「ミステリーズ!」だけでなく、創元推理文庫、創元SF文庫というレーベルの限界も感じていた。このレーベルでは、ミステリのM、SF、ファンタジーのFとイニシャルで分類していますが、3つに入らないものをどうするかは、ずっと議題としてあったんです。
――東京創元社はSFも多く出していますけど、「ミステリーズ!」という誌名のなかではSFですら肩身が狭そうな印象がありました。
神原:2010年から創元SF短編賞をスタートして、松崎有理さん、高山羽根子さん、宮内悠介さん、酉島伝法さん、宮澤伊織さん、石川宗生さんなどが入賞して当社の外へ羽ばたきました。中でも、高山さんは芥川賞を受賞し、宮内さんは芥川賞と直木賞の候補になり三島賞を受賞した。では、なぜそれが当社の外だったのか。「ミステリーズ!」とは違う枠組みだったらもっとなにかできたのではないか。雑誌を変えようと、会社としてずっと考えていました。
――「紙魚の手帖」創刊については、プロジェクト・チームを作ったりしたんですか。
神原:「ミステリーズ!」にかかわってきた人間と製作サイドである程度、道筋は決めたんですけど、一番いわれたのは誌名が決まらないと動けないということ。それが最後まで足を引っ張りました。
――「紙魚の手帖」とは、かつて1981年からおよそ10年間、御社の新刊に挿入されていた雑誌風の新刊案内のチラシにつけられていたタイトルでしたよね。昨秋の「紙魚の手帖」創刊号では、櫻田智也さんの御社刊『蟬かえる』が第74回日本推理作家協会賞と第21回本格ミステリ大賞をW受賞したから「蟬→セミ→シミ→紙魚」と駄洒落のような発想で誌名が決まったと、神原さんが編集人として書いていましたが、それはどこまで本当なんですか。
神原・泉元:本当なんです!
――(笑)
神原:嘘じゃない。
泉元:社内で多くの案が出て検討しましたが、最後の最後までなかなか決まらなかったんです。
――「ミステリーズ!」最終号ではその年の夏に「新文芸誌」を創刊すると書いていましたが、誌名は告知していなかったですものね。
神原:櫻田さんが本格ミステリ大賞に決まったのは昨年5月の連休明けですから、その時にまだ決まっていなかった。誌名がないから雑誌のイメージが決まらない。誰にデザインを頼むか、どういう頁割にするか、印刷所をどうするか。制作サイドとしては決めてくれないと、何月に印刷所のスケジュールを空けておいてくださいと頼めないから、そこはかなりせっつかれました。「紙魚の手帖」と決まってからは、とんとんと進んでいきました。
――誌面に関して最も変えようとした部分はどこですか。
神原:ミステリ専門誌ではなくなるので、いきなりは難しいですけど、M、SF、Fの割合を国外の作品も含めてうまく入るようにということです。「ミステリーズ!」ではM9:それ以外1くらいの比率だったんですけど、M、SF、F で6:2:2くらいになればいいなというイメージです。「ミステリーズ!」の場合、編集は僕、泉元、後輩1人の3人くらいでやれてしまう。でも、「紙魚の手帖」になるとジャンルが広がるから、編集部中で原稿を集めないと成立しない。
――編集部員は、担当する作家が「紙魚の手帖」に書くならばかかわる形になるわけですね。
神原:今、編集部は16人います。ふだんの仕事プラスαになるので、大変だと思いますけど(笑)、みんなに手伝ってほしい。翻訳ミステリの掲載に関しては、「ミステリーズ!」の頃から減っていました。他社のミステリ誌でも減ってきているでしょう。版権の問題などで、やりづらい事情はわかるんです。とはいえ、短編ミステリが海外で書かれなくなったわけではないので、いい作品を見つけることも誌面のバラエティとしていいことだと考えています。それはSFやファンタジーなどでも同じです。
――以前に比べるとインタビューや座談会など、企画ものは増えていますよね。
神原:意欲的にやってくれる若手が増えたことがきっかけです。