大河ドラマ『鎌倉殿の13人』放送を機に読みたい 平安・鎌倉時代を扱った文芸作品4選

平安・鎌倉時代を扱った文芸作品

 『風恋記』にも重要な人物として登場した三代将軍・源実朝。鎌倉幕府の公式記録『吾妻鏡』には、加持祈祷などの宗教的儀式に没頭する実朝の姿が記されているが、そんな彼をめぐる幻想歴史小説が宇月原晴明の第19回山本周五郎賞受賞作『安徳天皇漂海記』(中公文庫)である。

 天竺(てんじく)の冠者(かじゃ)と称する謎の男から、江ノ島の洞窟へと案内された源実朝がそこで目にしたのは、琥珀のような物体に封じこめられた童子の姿。それは、平家一門や三種の神器とともに壇ノ浦に沈んだ筈の安徳天皇だった。冠者に促されて安徳天皇の守護者となった実朝は、「安徳さまは兵(つわもの)を募っておられる」「崇徳院さまよりもなお、荒ぶりたる御心よ」と沈鬱に呟くのだった……。

 和田合戦、渡宋計画、そして実朝暗殺といった史実が、実朝と安徳の邂逅という神秘的発想に向けて整然と織り込まれてゆくさまは、何か不思議な魔法でも見ているかのようだ。そして第二部では、大陸に渡った安徳が、同じような最期を遂げることになる南宋最後の幼い皇帝と交流する。国内外のさまざまな史実に思いがけない角度からスポットライトを当てて、きらびやかな語彙によって幻想的に解釈し直してゆく著者の空想力と筆力に感嘆させられる。

 最後に、再来年の大河ドラマ『光る君へ』の主人公・紫式部が登場する小説を紹介しよう。第13回鮎川哲也賞を受賞した森谷明子のデビュー作『千年の黙(しじま) 異本源氏物語』(創元推理文庫)である。

 鮎川哲也賞といえば本格ミステリ専門の公募新人賞。従って、この『千年の黙 異本源氏物語』も平安時代を舞台にした歴史本格ミステリである。内容は第一部と第二部、そして後日譚にあたる短い第三部から成っており、第一部では帝の飼い猫の消失、第二部ではその六年後、『源氏物語』の幻の帖「かかやく日の宮」が行方不明になった謎……という二種類の消失事件を扱っている。それらの謎を追うのは『源氏物語』の著者である香子(後に紫式部と呼ばれる)と、彼女に仕える少女「あてき」だ。

 古典文学に通暁した著者の高度な知識、そして空想力と筆力のどれが欠けても書かれなかったであろう小説である。『源氏物語』がどのように書かれ、広まっていったかという過程の描写は、実際にもそうだったのかも知れないと思わせる説得力があるし、帝の后や皇女といった高貴な立場ででもなければ女性は実名も生歿年も記録に残らなかった平安時代を背景にしつつ、女性キャラクターたちがそれぞれに強い存在感を放つさまが心をうつ。なお、続篇として『白の祝宴 逸文紫式部日記』『望月のあと 覚書源氏物語「若菜」』(いずれも創元推理文庫)が発表されているので、そちらも読んでほしい。

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