大河ドラマ『鎌倉殿の13人』放送を機に読みたい 平安・鎌倉時代を扱った文芸作品4選
NHK大河ドラマでは北条義時を主人公とする『鎌倉殿の13人』が放映され(再来年の大河『光る君へ』は紫式部が主人公だという)、古川日出男原作のアニメ『平家物語』が高く評価され、《週刊少年ジャンプ》では北条義時の末裔にあたる北条時行が活躍する松井優征の漫画『逃げ上手の若君』が連載されている……といった具合に、平安・鎌倉時代がエンタテインメント界でちょっとしたブームとなっている。戦国時代や幕末といった定番の時代以外がこのように注目を集めるのは珍しいことである。
しかしもちろん、こうしたブーム以前からも、平安・鎌倉時代を扱った文芸作品は少なからず存在していた。今回は、それらの中でも特に印象的な名作を紹介したい。
『鎌倉殿の13人』以前にも平安・鎌倉時代を舞台にした大河ドラマは幾つかあったけれども、中でも鎌倉幕府草創期という全く同じ時期を扱い、登場人物もほぼ重なっているのが1979年の大河『草燃える』である。このドラマが放映された当時を「第一次鎌倉時代ブーム」、『鎌倉殿の13人』が放映されている現在を「第二次鎌倉時代ブーム」と呼ぶことも可能かも知れない。
『草燃える』は永井路子の複数の小説を原作としており、その中心を成す一冊が、第52回直木賞を受賞した短篇集『炎環』(文春文庫)である。収録された四篇の主人公はそれぞれ、源頼朝の異母弟・阿野全成、御家人の重鎮・梶原景時、全成の妻で政子の妹の阿波局、そして北条義時(『草燃える』ではこの四人を伊藤孝雄・江原真二郎・真野響子・松平健が演じ、いずれもはまり役だった)。頼朝や義経といったヒーローではなく、どちらかといえば地味な存在にスポットライトを当てているのである。彼らのキャラクター造型もユニークで、例えば全成は『鎌倉殿の13人』ではやや調子のいい人物としてコミカルに描かれているけれども、『炎環』所収の「悪禅師」では、兄・頼朝の顔色を窺い、彼の傍にいながらひたすら目立たぬよう振る舞っていたが、頼朝の死をきっかけに妻と二人三脚で野心を燃やしはじめる、油断のならない不気味な人物として描かれている。中世の価値観を踏まえつつ、人間の愛憎や野望の普遍性を現代的に描いた著者の筆致が冴えわたる一冊だ。
この『炎環』や、同じ著者の『北条政子』(文春文庫)にも記されているように、永井路子は三代将軍・源実朝暗殺の黒幕を三浦義村だと解釈している。それまでは、事件直前に不審な動きを見せていた北条義時が黒幕と考えられてきたのに対し、実朝暗殺の実行犯・公暁の乳母夫(めのと)が三浦義村であったことに着目した永井の説は歴史学界でも注目され、この事件の解釈に大きな影響を及ぼした。『鎌倉殿の13人』で、この謎多き事件が誰かを黒幕に想定して描かれるのか、それとも公暁単独犯説を採用するのかも要注目である。
永井の『炎環』から……というより、恐らくそのドラマ化『草燃える』から影響を受けたのではと推測されるのが、少女漫画界の大家・木原敏江の代表作「夢の碑」シリーズのうちの一エピソード『風恋記』(小学館文庫)である。主人公は、武蔵国の豪族の息子・融明(とおるあき)と、その遠縁で融明より三つ年上の露近(つゆちか)。太陽のように明朗闊達な融明に対し、露近は月の雫に譬えられるような中性的な美少年だ。融明の額と露近の足の裏にはほくろがあり、天紋と地紋といって二つ揃えば天下を手に入れられるというのだが……。
融明の生母は幕府の有力御家人・和田義盛の娘であり、奸智に長けた継母は和田の本家にあたる三浦義村の妹という設定。融明は世の平穏を祈る歌人将軍・源実朝の近習として信頼を寄せられるが、和田一族と、幕府の秩序を守るために手段を選ばない執権・北条義時との対立に巻き込まれてしまう。一方、露近は人智を超えた「鬼」の能力を発揮したことで、倒幕の野望を秘めた京の王者・後鳥羽院に寵愛される。文庫版で三巻におよぶ長大な分量の中に数多くの登場人物が入り乱れ、自らの愛と屈託を持てあまし、苛酷な運命に操られながらも、儚くも愛おしい人の世を精一杯生ききってゆく。史実をベースにしつつ、正史の陰で生きる異能者たちの姿を描いた耽美的なファンタジー大作である。