古川日出男が語る、新たな『犬王』の誕生 「ある表現者の架空の自伝という思いで書いた」
新しい『平家物語』が今、始まっている
――(笑)。こうして古川版『平家物語』という「定本」が生まれた今、これから『平家物語』は、どうなっていくと思いますか?古川:もし、僕の現代語訳が、今おっしゃられたような「定本」みたいな形になるとしたら……ひとまず、『平家物語』が、戦争礼賛の話だっていうイメージは、もうここから数年で全部覆されるのではないでしょうか。『平家物語』というのは「軍記物語」だから、戦争礼賛の話だと思われがちだけど、実は反戦文学であり……戦争か平和かという話ではなく、それとは別の何かを描いた物語なんだっていうことがわかったっていう。
――その側面は、とりわけアニメ版の『平家物語』に顕著だったように思います。あの作品の真の主人公は、建礼門院徳子だったとも言えるわけで……。
古川:そうですよね。しかも、それは正しいわけです。『平家物語』っていうのは、実はそういう話であって……そこが隠されていたんですよね。『平家物語』の最後の「灌頂(かんじょう)の巻」という建礼門院徳子の物語は、事実として、琵琶法師たちの「秘曲」だったから。それが、僕の現代語訳とアニメーションによって、もう秘められないものになった。秘曲が、すべての人に解放されたんです。そうやって、すべての人に解放されたところから、新しい『平家物語』が今、始まっているのではないでしょうか。だから、今後どうなるっていうよりも、もうすでに始まっている……そんな気が僕はしているんですよね。
――なるほど。最後にもうひとつ。先ほど『平家物語』は「語り」の文学であるからこそ、現代語訳が難しかったという話がありましたが、「語り」の文学というのは、子どもの頃に聞いた「昔話」などには残っているものの、一般的には馴染みのないものになっているような気がします。『平家物語』のような「語り」の文学は、今後どうなっていくと思いますか?
古川:『平家物語』がアニメ化されることについて、妻の友だちの子どもとか、田舎のほうで先生をやっている友だちの生徒とか、僕の知り合いの知り合いくらいの人たちが「すごい声優のラインナップだね」って言っているみたいなんです。声優って、ほとんど日本だけの文化じゃないですか。他の国では、普通の俳優がアニメーションの声を当てるから。もちろん、今の日本ではちょっと変わってきているようですが……声優の何よりの特徴っていうのは、やっぱり顔を出さないことですよね。声だけを聴かせている。そういう意味で、アニメーションっていうのは、今の時代の「語りもの」なんだと思うんです。そこを引き継いでいるのが、実は声優であるという。
――なるほど。声優ならではの表現というか、リアリズムとは違う独自の表現方法が確立していて……。
古川:そうそう。リアルに演じれば伝わるのではなく、ここにあるものを伝えるために、声の表現というものを進化させてきたんだと思うんです。それはホントに、ひとつの完成された技術であり、「語り」の文学の新しい形なのかもしれないと思います。
■公開情報『犬王』
5月28日(土)全国公開
声の出演:アヴちゃん(女王蜂)、森山未來、柄本佑、津田健次郎、松重豊、片山九郎右衛門、谷本健吾、坂口貴信、川口晃平(能楽師)、石田剛太、中川晴樹、本多力、酒井善史、土佐和成(ヨーロッパ企画)
原作:『平家物語 犬王の巻』古川日出男(河出文庫刊)
監督:湯浅政明
脚本:野木亜紀子
キャラクター原案:松本大洋
音楽:大友良英
総作画監督:亀田祥倫、中野悟史
キャラクター設計:伊東伸高
アニメーション制作:サイエンスSARU
配給:アニプレックス、アスミック・エース
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