古川日出男が語る、いま『平家物語』が注目される理由 「激動する時代との親和性」
古川日出男の小説『平家物語 犬王の巻』(河出文庫刊)が、劇場アニメーション『犬王』として5月28日から公開される。『平家物語 犬王の巻』は、古川が『池澤夏樹=個人編集 日本文学全集 全30巻』(河出書房新社)に収めるために『平家物語』の現代語訳を手がけたことがきっかけとなり、新たに創作されたスピンオフ小説だ。室町時代に京で世阿弥と人気を二分したとされる能楽師・犬王を、絶世のポップスターとして捉えた本作は、独特の文体を駆使したスピーディーな展開が大きな魅力となっている。
昨今は『平家物語』や『犬王の巻』の他にも、日本の中世にスポットを当てたコンテンツが人気だ。そうした状況の端緒となった古川日出男に『平家物語』と『犬王の巻』にまつわるロングインタビューを行った。前篇では、『平家物語』についてを中心に話を訊いた。(編集部)
――平安時代の終わりから鎌倉、そして室町時代の前半まで……いわゆる日本の「中世」に、近年注目が集まっているように思います。まずはその状況について、古川さんはどんな感想を抱いていますか?
いま「中世」を見つめ直す意味
古川日出男(以下、古川):平家の時代や鎌倉、そして室町の前期までに至るものにスポットが当たっているのは、僕たち日本人が、恐らく無意識で、「自分たちは今、歴史の転換点にいるんだ」ということに気づいているからだと思います。僕が依頼された池澤夏樹さんの『日本文学全集』が、そういう転換期だから用意されたものなのかはわかりませんが、少なくとも2010年代の後半に入ってから、僕たちは、これはもう後戻りして元の繁栄を取り戻したりするような軌道ではなくて、今までまったくなかった軌道に入っている。もっと言うならば、どうやら滅びの軌道に入ってしまったこの日本という国を、どうやって今までとは違うやり方で動かしていけばいいのかということを、みんなが模索し始めているんだと思うんです。それを目に見える形にしたのが、新型コロナウイルスのパンデミックであり、今のウクライナ情勢でもあるわけで。そういう中で過去、日本の歴史が大きく動いたところはどこなのかって思ったときに、それは戦国時代などではなく、その前の時代だった。そのことに、多くの人が漠然とでも気づきつつあるのではないでしょうか。――そういう中で、日本の「中世」に、人々の関心が集まってきたと。
古川:そうです。歴史的なことを言えば、平安時代の中期ぐらいに摂関政治があって、それが院政に変わり、それこそ『平家物語』の時代に鎌倉幕府というものが誕生する予感が出てきて、朝廷はあるけど幕府もあるという権力の二重構造が生まれた。で、そういう二重の形が続いた果てに、鎌倉幕府が倒れ、今度は朝廷が2つに分裂するんです。それを足利義満がひとつにして、遂には朝廷と幕府が一体になるような夢を見たわけですが……それは結局、夢のままに終わってしまった。というように、この時代は、日本の歴史が、実はものすごく激動した時代だったと思うんです。
――確かに、その通りかもしれません。
古川:もしかしたら、義満のあとに、オルタナティブなもうひとつの日本国というものがあったかもしれない……けれども、それは生まれなかった。そういう完全に違う道があったかもしれないという事実を、ひとつのブループリントとして見せられるのが、実は中世の200年間ぐらいなんですよね。だから、もしも今、「中世」がブームなのだとしたら、「バブル崩壊後、経済が戻らない」、「もう右肩上がりの成長は望めない」という日本ではなくて、まったく違うオルタナティブが必要だっていうことに、多くの人が気づき始めているということなのだと思います。
――そんな「中世」ブームの端緒のひとつとなったのが、古川さんが現代語訳された『平家物語』だったと思うのですが、本書は、先ほど古川さんが言われたように、作家・池澤夏樹さんが「個人編集」として編まれた「日本文学全集(全30巻)」の一冊として、2016年に刊行されました。そもそも、この話を受けた経緯は、どのようなものだったのでしょう?
古川:その頃にちょうど、僕自身がひそかに『源氏物語』のプロジェクトを動かしていたことが、実は大きくて……これは『女たち三百人の裏切りの書』という小説に結実するんですが。なので、その話からしますと、2011年に東日本大震災があって、ああいうひどいことはなぜ起きたかと言ったら、「1000年に一度の大地震だったから」というふうに、ある意味理由づけされてしまったわけです。だったら、その「1000年」というスパンを、わからなくてはいけないと思ったんです。ただ、僕は小説家なので、文学のことしかわからない。文学で「1000年」をわかるには、どうしたらいいんだろうと思ったら、1000年前に大長編小説を書いている人間がいたわけです。
――それが、紫式部の『源氏物語』だったと。
古川:そう。彼女は、僕の先輩だと(笑)。小説のボリュームから言っても……おこがましいけど、現代の日本でこういうサイズでやっているのって、まあ、古川日出男だなと思って(笑)。で、そこから学ぼうと思って、2012年から『源氏物語』の一部分をリミックスする小説(『女たち~』)の構想を立てて……これは僕と新潮社の編集者しか知らないで進めていた企画だったんですけど、そうしたら2013年の僕の誕生日に、河出書房新社の編集者から突然「『日本文学全集』というのを立ち上げる。ついては古川さんに『平家物語』の現代語訳をやって欲しい」という、担当編集史上最も長い依頼メールがきたんです。で、まずは「まいったな」と思ったわけです(笑)。僕は、みんなを驚かせようと思って、ひそかに『源氏物語』に取り組んでいたのに、それを知らないはずの編集者が、今度は『平家物語』をやれと言ってきたと。
――すごい偶然ですよね。
古川:ですよね。で、これは何なんだろうと思って……もう、運命だなと悟ったんです。なので、最初は「そんなのできるわけないよ」と思ったんですけど、その3時間後に「やりましょうか」って返信してしまった。それが3年前とか3年後の話だったら、もっと悩んだと思うんですけど、そのタイミングというのは、僕はこれから平安時代、あるいは平安が終わっていく時代――つまり、日本の「中世」というものに、自分が小説家として取り組むように、まわりが導いているんだなと思って。だったら、その導きに従ったほうがいいだろうと。そう直感的に思ったので、やってみることにしたんです。