古川日出男が語る、新たな『犬王』の誕生 「ある表現者の架空の自伝という思いで書いた」

古川日出男が語る『犬王』の誕生

 劇場アニメーション『犬王』が5月28日に公開されることを受けて、原作者・古川日出男にロングインタビュー。前篇【古川日出男が語る、いま『平家物語』が注目される理由 「激動する時代との親和性」】では、主に『平家物語』について話を聞いた。後篇では、いよいよ小説『平家物語 犬王の巻』(河出文庫刊)について聞く。(編集部)

物語が溢れてきた感じがありました

古川日出男『平家物語 犬王の巻』(河出文庫刊)

――『平家物語』の現代語訳を完成させたあと、古川さんは、今回の映画『犬王』の原作でもある『平家物語 犬王の巻』を書かれます。これは、どういう経緯だったのでしょう?

古川:ひとことで言うならば、そういう依頼があったからです(笑)。『平家物語』を手掛けているときに、「これの外伝があったら面白いんじゃないでしょうか?」と編集者が言ってきて。で、「それって、どういうタイミングで出せばいいの?」と訊いたら、「『平家物語』の刊行から5ヶ月以内」と言われて、商売くさい話だなって思ったんですけど(笑)。ただ、仕事を発注してもらえるのは嬉しいことであって……とはいえ、無理やり作ってもしょうがないわけです。で、どうしようかなと思っていたら、ある日ふっと、別ルートで昔、世阿弥のことを調べていたことを思い出して。そのとき、世阿弥の同時代に「犬王」というすごい人間がいたっていうことを知ったのを思い出したんです。

――あ、「犬王」に関しては、別ルートで、すでに調べていたんですね。
古川:そうなんです。ご存知のように、世阿弥は『平家物語』から自分の能の曲をいっぱい作っているんだけども、その頃に、今はもう歴史に作品が残っていないけど実在していて、世阿弥が尊敬していたし、世阿弥より人気があった時代もあった「犬王」という能楽者がいたと。で、その「いぬおう」という珍しい名前を持った人物についてちょっと気になっていたのが、ある日その『平家物語』の外伝みたいなものを書いてくれっていう話と噛み合ってしまったんです。歴史の中で消えてしまった人間ならば、今は残っていない『平家物語』を語るのではないか。いや、まさに語るはずであるっていう。そういう確信を持って、編集者に「アイデアが浮かんだ。書くよ」と言ってしまって……あとは、時間との戦いですよね。『平家物語』の刊行から5ヶ月以内に書くっていう。これは、休みがないなって思いましたけど(笑)。

――(笑)。かくして『平家物語』を刊行した翌年に、『平家物語 犬王の巻』が出版されたわけですが、両者を読み比べてみると、時代的な雰囲気は似ているものの、『平家物語』と違って「原文」がないだけに、『犬王』はかなりのびのびと自由に書かれている印象があって……。

古川:ああ、その通りです(笑)。やっぱり、それで解放できたんでしょう。だから、それは結果的に、すごいありがたい依頼だったと思います。そうじゃなかったから、苦行だった記憶だけで、平家とは生涯関わりたくないと思っていた可能性もあるわけで(笑)。やっぱり、『平家物語』の現代語訳で蓄えたもの、あの訳文の中には入ってないけど、自分の中に蓄えたものっていうのが、膨大なデータも含めてあったわけで……そういうものを、存分に出せる場所ができたと。だから、それはもうホントに、飛び跳ねる魚みたいな気持ちになれて、物語が溢れてきた感じがありました。ただ、この作品こそ、「語り口」が難しいなと思ったんです。今出版されているものは、実は第三稿なんですけど、第一稿の時点では全然違うことを書いていて、語り手も違う感じだったんです。だから、今の形になるまでは、ちょっと時間が掛かったんですけど……。

――『平家物語』の文体と、古川さんならではのハードボイルドな文体が入り混じっていて、非常に面白いものになっていると思いました。改めて古川さんにとって、この『犬王の巻』という小説は、どういう位置付けの作品になったのでしょう?

古川:そうですね……この『犬王の巻』という小説は、言ってみれば、表現者の話じゃないですか。自分で能の曲を作って演じる人の話……能の曲っていうのは戯曲ですから、ストーリーですよね。しかも、それを音楽的な言葉で書くっていう。なので、すごい変な言い方をすれば、この小説は室町時代の話だけど、まるで古川日出男の「私小説」みたいだなって思うようなところがありました。これは、ある表現者の架空の自伝なのではないかという思いで書いていったところがあって……そういう思いで書かない限り、こういう子どもたちの話は書けないんですよね。

――というと?

古川:子どもの話っていうのは、不思議なもので……僕の読者には、いろんな世代の人がいるけれど、みんな子どもは経験しているじゃないですか。読者は必ず子ども時代を経験している。で、書き手である僕のほうも、子どもたちの話を書くときは、そこに自分が生きてきた子ども時代のことを込めることができるんです。だから最初はホント、室町時代の話、14世紀後半の話を書くということは、自分とは関係ない話になるのかなと思っていたんですけど、冒頭の「友魚」のパートから、どこか自分を託しているというか、自分の代わりに、この時代の物語宇宙の中を動いてもらっているような感じがあって。そういう人たちを、自分は書いているんだっていう。それは、ひとつの喜びではありました。だから、そういう意味では、すごいパーソナルな話でもあると思います。



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