倍速視聴はタイパか? 『映画を早送りで観る人たち』レビュー

新書『映画を早送りで観る人たち』レビュー

「見せすぎトレイラー」ありきのコスパ

 しかし今はそれが通じなくなってきている。

 VFXが著しく発達したために画面の情報量は非常に多い。画面全体が暗いザック・スナイダー監督の作品でさえ、見えない部分の背景は恐ろしいほどに作り込まれていて、実は情報量がとんでもなく多い。

 また、倍速視聴やトレイラーで事前に情報を入れている人が多いことを前提に、目玉シーンが畳み掛けるように続く。画面全体に目を這わせ、その間に字幕を読み、シーンの意味や監督の意図を解析している暇はない。情報の選択を迫られるので、筆者は本当に困らない限りは字幕を読まないことにしている。

 映画1本で疲労困憊になるのは、コストパフォーマンスがいいと言えるのだろうか。いや、おそらく違う。脳が疲れすぎて、映画の後に仕事ができないのならコスパ激悪だ。

 現代人は、技術の発達に伴って、映画ひとつ鑑賞するにも高い情報処理能力を求められる。子どもの頃から毎日のように映画を見続けて慣れている筆者でも、昨今の映画は疲れる。そんな作品を、生活と仕事と交友関係の重圧で疲れている人が楽しもうと思ったら、事前に情報を得て感情の起伏を最小限に抑えたいと思っても仕方がない。

 仕事でヘトヘトなときに『TENET』や『インセプション』を観たいと思うだろうか。筆者は思わない。『深夜食堂』や『きのう何食べた?』が観たい。

 現代人は疲れている。疲れているときに複雑な内容は観たくない。だが、仲間と共通の話題を得るためだから、限られた時間を使ってNetflixやAmazon Prime Videoで配信されている作品を鑑賞する必要がある。到底観終わらない物量の作品を、疲れた体と心にムチを打って……。

 倍速再生したり10秒飛ばししたりするのは必然なのかもしれない。感情の起伏が激しくならないように、ネタバレし過ぎのトレイラーを観たり、考察サイトを読んだりするのも理解できる。それが作品を楽しめる行為なのかを、異なる時代を生きてきた筆者がジャッジする権利はない。

 ただ、筆者の意見を述べさせてもらうなら、今でも「見せすぎトレイラー」は好きではない。チケットのコスパを悪くしていると思うし、テレビやYouTubeの広告にして、望んでもいない人に向けて流す行為は悪徳ネタバレ行為だとすら感じている。

 しかし、『映画を早送りで観る人たち~ファスト映画・ネタバレ――コンテンツ消費の現在形~』を読んで、時代の流れとニーズを理解することができた。そしてその流れはここ数年で始まったことではなく、おそらく90年代後半から始まっていたのだと思う。

 テクノロジーやサービスの進化を止めることはできないし、映画レビュワーだけでなくテックライターの端くれでもある立場からして、テクノロジーの進化はウェルカムだ。だから、多くの人が倍速再生や10秒飛ばし再生しなくても映画を楽しめるような、豊かな時代がくることを切に願う。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「書評」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる