『同志少女よ、敵を撃て』『六人の嘘つきな大学生』『香君』……4月期ベストセラーは“考えさせられる”小説がランクイン
5位と6位にランクインしたのは、『鹿の王』以来、8年ぶりの新作となる上橋菜穂子の『香君』。植物が香りで発する“声”を聴くことのできる少女アイシャと、香りで万象を知ることのできる活神とされる香君という地位についた女性オリエをめぐる物語である。香りの声が聴こえる、といってもそれは超能力の類ではない。人一倍、嗅覚の優れたアイシャは、さらに優れた洞察力と観察力によって、植物の異変にいちはやく気づくことのできる研究者の素質をもった少女で、香君もまた同様である。そんな彼女たちが、ふとしたことから出会い、帝国の根幹をささえる稲に、起こるはずのない虫害が発生していることに気づき、前代未聞の食糧危機を防ぐために奔走する……というのが本作のおおまかなあらすじ。
異世界ファンタジー、という響きから想像される浮遊感からほどとおい、痛切なリアリティをもって物語を上橋が描き続けていることは、一作でも読んだことのある人ならよくわかっているだろう。『鹿の王』では、コロナ禍を予期していたかのような、疫病と医療との闘いが描かれていただけに、本作を通じて、いずれ私たちにもこうした危機が訪れるのかもしれない……と不安を抱かずにはいられない。だがその、不安を抱くということが、きっと大切なのだろうとも思う。永久に安定供給されると信じていた稲に頼り切り、それ以外の道を模索することをやめていた帝国の姿は、あたりまえに明日が続いていくと信じている私たちに警鐘を打ち鳴らす。
『六人の嘘つきな大学生』と『香君』は、設定も趣向もまるでちがうけれど、信じたいものを信じ、見たいものだけを見ようとする姿勢に疑問を呈する、という点では共通している。そうして逃げ続けた先には破滅しかないのだということ、わかりやすい答えに飛びついて考えることをやめてしまっては、未来は決して開かれないのだということを、切実に突きつけてくるのである。