夢枕獏が「刃牙」シリーズの世界を描く『小説 ゆうえんち―バキ外伝―』 板垣キャラを自在に使いこなす、流石の手腕

『小説 ゆうえんち―バキ外伝―』レビュー

※本稿は『小説 ゆうえんち―バキ外伝―』のネタバレを含みます。

 板垣恵介の格闘漫画「刃牙」シリーズの世界を舞台にした小説を、格闘小説の名手・夢枕獏が書く。こんな夢のコラボが実現した。「週刊少年チャンピオン」連載を経て、全五巻で完結した『小説 ゆうえんち―バキ外伝―』のことである。なお単行本は、少年チャンピオンコミックスと同じ装丁なので、書店によってはコミックのコーナーに置かれている可能性がある。書店で探す場合は、注意していただきたい。

 第一巻の「まえがき」を見ると、「縛りは三っつ。範馬刃牙、範馬雄次郎、花山薫、この三名以外のキャラはいかようにでも使っていいという、夢のような話でありませんか」と記してある。自由度は、かなり高い。しかし作者は、「自分で新しい新キャラを主人公として立てることと、本編のキャラを使う場合は、本編の中ですでに役目を終えているキャラにすること」をルールとし、葛城無門という若者を創造。そして無門と宿命の対決をする相手として、「刃牙」シリーズに登場した最凶死刑囚のひとりで、空道の達人である柳龍光をピックアップしたのだ。もちろん他にも、シリーズのキャラクターは何人か登場する。なかでも愚地独歩は大きく扱われており、後半で熱い闘いを繰り広げてくれる。板垣キャラを自在に使いこなす、作者の手腕は流石というしかない。

 その一方で作者は、自分の小説世界を織り込んでいく。第一巻の冒頭で、花山薫と並べて、『魔獣狩り』の文成仙吉の名前を出していることからも、その意図は明らかだろう。他にも『餓狼伝』や『獅子の門』も組み込まれている。さらに『東天の獅子』や、オリジナル原作を担当した格闘漫画『真・餓狼伝』も、本書の内容と掠っている。だから夢枕獏の格闘小説のファンならば、絶対に見逃せない作品なのだ。

 しかし読み始めれば、そんな外側の事情などぶっ飛んでしまった。驚異的な身体能力と、一度見ただけで技をコピーできる天与の才を持つ少年の葛城無門。サーカス出身の彼は、ふとした縁で知り合った松本太山を師とし、修練を重ねる。だが、卒業式――本気の試合をする日、太山は瀕死の状態で現れた。病気の娘のため大金を必要とした太山は、「ゆうえんち」に参加したものの、柳龍光に倒されたのだ。その後、太山は死亡。師の仇を討とうと無門は、「ゆうえんち」と柳龍光を追いかける。

 「ゆうえんち」とは、蘭陵王という謎の人物が主催する、格闘の祭典である。トーナメント方式ではなくフリーバトル。特定の場所に集められ、それぞれに配置された格闘家が、出会ったら闘うというものだ。作者は無門が「ゆうえんち」に参加するまでの経緯に筆を費やしながら、多数の人物との因縁の糸を紡いでいく。無門の出生や、サーカス時代の秘密などが絡まり、物語に重厚な読み味を与えている。とはいえ本書の一番の楽しみは、さまざまな格闘家による闘いそのものだ。天才の無門だが、格闘の世界は化け物だらけ。作者がノリノリで書くエピソードから、各格闘家たちの強さが際立つ。したがって無門の闘いは、常に苦戦だ。圧倒的な強者に対する、ギリギリの闘いが、手に汗握る面白さなのである。

 そして相次ぐ死闘の中で、無門は成長していく。「ゆうえんち」に参加した当初の無門は、柳龍光に出会うまで、ダメージを貰わず、体力を温存しようと思っていた。甘い。実に甘い考えだ。この時点での無門は、格闘は出来るが格闘家とはいえない。だが、進化するのだ。覚醒するのだ。柳龍光との闘いも凄まじいが、その後に真のクライマックスがある。そこで無門は、本物の格闘家になる。この場面で出てくる言葉に、夢枕獏のファンなら、心揺さぶられずにはいられない。そしてなぜ主人公の名前が無門だったか納得する。ああ、血の滾る格闘小説は素晴らしいと喜んでいたら、最後にぶっ飛んだ大風呂敷が広げられた。ひとつの物語の終わりは、新たな物語の始まり。夢枕作品らしいフィナーレである。

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