「脳は10パーセントしか使われていない」は作り話? 人体の不思議に迫るノンフィクション『人体大全』が面白い

人体の不思議に迫る『人体大全』

 人類にとって未知の領域というと、あなたは何を思い浮かべるだろう。遥かなる宇宙? 暗黒の深海? たしかに間違いではない。だが、もっと身近に未知の領域がある。人体だ。脳科学が発達したり、「ヒトゲノム計画」の完了が宣言されたりと、人体の研究は着実に進んでいる。それでも未知の領域が多い。いや、多すぎる。ビル・ブライソンの『人体大全 なぜ生まれ、死ぬその日まで無意識に動き続けられるのか』(新潮社)は、そんな人体を、さまざまな角度から掘り下げたノンフィクションだ。

 まず、文章について触れておきたい。〝あなた〟という二人称を使い、読者に語りかけるように書いているのだ。これにより読者は本書の内容を、自分自身の体のことだと受け止めるようになっている。また冒頭で、英国王立化学会(RSC)が、俳優のベネディクト・カンバーバッヂをつくるのに必要な元素を集めると、いくらかかるか計算をしたというエピソードを持ってくることで、専門的な世界へ分かりやすく導いてくれる。内容ばかりが注目されがちなノンフィクションだが、こうした読ませる技術も注目されるべきであろう。

 実際、本書は頻出する専門用語が気にならないほど面白い。著者は、「皮膚」「脳」「心臓」「骨」「免疫」など、幾つもの章立てで人体を腑分けしていく。そして膨大な資料の読み込みと、各専門家へのインタビューを混ぜ合わせながら、人体について追究していくのだ。「禿を治すひとつの方法に、去勢がある」「牡蠣もヘルペスウィルスに感染する」など、ちょっとした意外な事実も盛りだくさん。えっ、そうなんだと思いながら、楽しくページを捲ることができるのである。

 一方、人体に関する俗説や通説を正している点も見逃せない。もしかしたらあなたも、人の脳は10パーセントしか使われていないという説を聞いたことがあるかもしれない。なんとなく私も、そう思っていた。しかし著者によると、この説は作り話だそうだ。脳とは何かを詳細に述べながら、「どこからその説が出てきたのかは誰にもわからないが、真実ではないし、真実に近くもない。必ずしも賢く使ってないかもしれないが、あなたは何かにつけ、脳全体を利用している」というのである。その他にも、人にはフェロモンがないらしいなど、新たな知見を得ることができた。手垢のついた表現になるが、知的好奇心を満足させてくれるのである。

 さらに人体について語るには、科学者や医者の発見や実験についても触れる必要がある。この点も著者は抜かりない。それどころかコッホやフレミングといった有名どころだけではなく、今ではマイナーな人物も紹介している。こんな業績を残した人がいたのかと、興味を覚えた。とはいえ先人の行為は、人類の英知だけではなく愚行も含まれる。ロボトミー(前頭葉切断術)に触れた部分では、リスボン大学の神経学科教授エガス・モニスや、手術資格を持たない神経科の医師ウォルター・ジャクスン・フリーマンの手術が、いかにいい加減なものであり、多数の人々の人生を狂わせたかを明らかにしている。人体を巡る歴史の明暗は、どちらも濃い。

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