『大長編ドラえもん』で最もカッコいいのび太が見られるのは? “失敗の日々”から抜け出した映画版の魅力

西部劇の演出をSFに応用した名場面

 本作に限らず、スペクタクル要素が強い『大長編ドラえもん』では、命のやり取りを描いたハードな展開が少なくないのだが、こののび太とギラーミンの決闘シーンは、とりわけ心に残る“名勝負”だといっていいだろう。それは、たとえば、第1作に出てくる恐竜ハンターたちのような下衆な連中とは違い、宿敵・ギラーミンが単なる悪役ではなく、ある種の“悪の美学”の持ち主だからかもしれない。

 最後の戦いを前にして、彼はいう。「わたしはどんな強い相手もおそれない。同時に、弱い相手もみくびらない主義です」

 つまり、ギラーミンは、のび太のことを子供ではなく、一人前の“ガンマン”として認めており、“仕事”を抜きにして、本気で射殺しようと考えているのだ(一方ののび太の武器はショックガンであり、当然、最初から相手を殺すつもりなどない)。

 なお、藤子・F・不二雄は西部劇のファンとしてもよく知られているのだが、この決闘の場面では、その趣向をふんだんに活かした“映画的”な演出が施されている(というよりも、この『のび太の宇宙開拓史』という作品自体が、ある種の西部劇へのオマージュになっている)。

 さて、それでは、このふたりのガンマンの勝負は、どういう結末を迎えるのだろうか? そして、コーヤコーヤ星の開拓民たちの運命は? 気になる方も多いとは思うが、それをここで書くのは野暮というものだろう(できれば映画版を観る前に、原作のほうを読んでほしい)。ただひとついえるのは、この時ののび太の肩には、自分をスーパーマンだと信じてくれている純粋なコーヤコーヤ星の人々の“未来”がかかっており、漢(おとこ)なら、絶対にそんな戦いに負けるわけにはいかないだろう、ということである。

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