『後ハッピーマニア』『金田一37歳の事件簿』……「35歳の壁」越えたマンガ主人公が向き合う現実

「35歳の壁」を越えたマンガ主人公

 「35歳の壁」というものがある、とよく言われる。

 35歳を過ぎれば転職も結婚も難しくなり、人生の選択肢がぐっと減っていくことを指す。その壁が本当にあるかどうかはさておき、年齢を重ねれば重ねるほどに、人生のやり直しが困難になり、可能性が狭まっていくのは事実だろう。

 それは、現実に生きる私たちだけでなく、きっとマンガのキャラクターも例外ではないのだろう。近年、90年代や2000年代の人気漫画のリバイバル企画が増えてきている。筆者もかつてレビューを書いた『後ハッピーマニア』や、『金田一37歳の事件簿』、『OH!MYコンブ ミドル』、『地獄先生ぬ〜べ〜NEO』、『将太の寿司2 World Stage』や『ときめきトゥナイト それから』『ママレード・ボーイ little』などなどで、当時の主人公たちが成人、もしくは妙齢を過ぎた時期を描いている。あるいは、主人公たちの子ども世代を主人公に世代交代した物語を紡いでいるものもある。

 こうしたリバイバルマンガが相次いでいるのは、昔の読者のノスタルジーを喚起するとともに、当時若者だった読者が大人になってから抱える悩みや問題を、かつてのヒーローやヒロインに仮託して描くという狙いもあるだろう。

 私たちが現実の壁に直面して悩んでいるのと同じように、マンガのキャラクターたちも年を取って同じような現実に直面している。そんな彼ら、彼女らはいかにその壁に立ち向かっているだろうか。

それぞれの主人公に突き付けられる現実の壁

 こうした何十年後に企画されたリバイバルマンガは、それぞれの形で現代社会の変化を如実に反映させている。かつての連載当時とは異なる社会背景の中、キャラクターたちがそれぞれの問題に対してどう立ち向かうのかを読めるのが、この手のリバイバル作品の醍醐味のひとつだ。

 『地獄先生ぬ〜べ〜NEO』では、主人公の鵺野鳴介(ぬ~べ~)本人は、良い意味で全く変化していない。相変わらず生徒のことを第一に考える良き教師であり、鬼の手で悪霊から子どもたちを守り続けている。だが、子どもたちを取り巻く環境は大きく変化している。例えば、貧困児童やネグレクト、学校裏サイトや学級崩壊など、現代のニュースでも取りざたされることの多いネタを悪霊と絡めて描き、ぬ~べ~が解決していくという物語が展開していく。

 『将太の寿司2 World Stage』は、前作の主要人物の息子たちの世代が活躍する物語だ。日本一の寿司屋、鳳寿司を仕切ることになった佐治安人の息子、佐治将太と、前作の主人公、関口将太の息子、関口将太朗、さらに新キャラクターとしてフランスの寿司職人ダビッド・デュカスが中心となり、グローバルな寿司の今を描いている。

 本作で描かれるのは、寿司とSUSHIの違いだ。世界的な料理となったSUSHIは、もはや日本の寿司とは異なる独自の発展を遂げている。しかし、伝統に固執する日本国内では斬新な発想のSUSHIを寿司と認められずに、発展していない。本作は、寿司の世界を題材に、内向き志向で停滞し続ける日本社会全体の課題を描く作品と言える。日本文化は世界で認められているにもかかわらず、その日本に住んでいる我々の意識が保守的すぎるがゆえに成長できないという現代日本のジレンマがよく描かれた作品だ。そういうジレンマは、食文化以外にも見られるものだ。例えば紙の見開きのマンガにこだわるあまりに、新しいウェブトゥーンの成長が遅れている日本のマンガ業界にもあるだろう。

 『金田一37歳の事件簿』では、主人公で金田一耕助の孫、金田一一(きんだいちはじめ)が37歳となり、ブラックな体質のPR会社に務めている。推理力が役に立つわけでもないしがない営業職で、腰の低いサラリーマンとなった金田一が、仕事で行く先々で高校時代のように次々と事件に巻き込まれていく。婚活パーティでの保険金殺人、タワーマンションのマダムたちの嫉妬やリベンジポルノなど、現代の大人のドロドロした欲望が犯罪の動機として描かれる。事件に直面するたび金田一は、もう推理したくないと言いつつ、昔とった杵柄で生き生きと推理を始めてしまうのだが、新たな決め台詞「謎は全て解けちまった」が示すように、前向きな気持ちというより、しかたなく推理して事件を解決してしまうという姿勢だ。

 『OH!MYコンブ ミドル』では、かつて子どもが生み出す創作料理「リトルグルメ」で一世風靡した主人公、なべやきコンブが40代の中年となっている。アルバイトで生計を立てている貧乏生活者で、安アパートに一人暮らしであるが、持ち前の「リトルグルメ」を駆使して、日々ささやかな幸せに舌鼓を打っている。リトルグルメは、お菓子などのありふれた材料で、子どもでも創意工夫で作れる料理という点がポイントだったが、大人になって同じことをやるとそれはどちらかというと「貧乏メシ」に近い印象で、加齢の悲哀を感じさせるが、それでも日々のキツさをしのぐために役立っていると言えるかもしれない。

 少女マンガの2作『ときめきトゥナイト それから』『ママレード・ボーイ little』はそれほど、現代社会を反映させるという意図は感じられず、年を重ねた登場人物たちと、その子どもたちの世代の恋愛や人生模様をきらやかに描くというスタイルを貫き、良い意味で昔の感覚のまま読める。

 一方で、少女マンガよりも年齢層の高い読者層に向けた『FEEL YOUNG』でブレイクした安野モヨコの『後ハッピーマニア』は、45歳になった主人公、シゲタカヨコの離婚危機から始まり、加齢によって恋愛市場から退場しかかっている危機を赤裸々に描いている。その現実感は、ここに挙げたリバイバル作品の中でも群を抜いており、強烈な印象を与える。

 それぞれの主人公たちは一様に、加齢による壁と現実の変化に直面しながら、なんとか日々を生きている。それは現実の世界を生きる私たちに近い存在として。ある意味、前作の時よりもキャラクターたちを身近に感じられるものも多い。

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