『恋と嘘』ムサヲが語る、2パターンの結末を迎えるまでの道程 「読者の方々には感謝してもしきれない」
超・少子化対策基本法(通称:ゆかり法)が施行され、政府によって結婚相手を決められてしまうようになった世界。どこにでもいるごく普通の少年“ネジ”こと根島由佳吏は、5年間ずっと想いを寄せていた高崎美咲に告白して両想いとなるが、ゆかり法の対象年齢の16歳となったことで、政府通知が届いてしまう。その相手として選ばれたのは、真田莉々奈。莉々奈は由佳吏と美咲の仲を応援するが、一方で由佳吏に惹かれ始め、また由佳吏も……。
そんな3人の恋と嘘、由佳吏の友人・仁坂悠介や美咲の友人・五十嵐柊の想いも絡みながら展開されてきた漫画『恋と嘘』(講談社)がいよいよ完結を迎えた。そのエンディングはなんと2パターン用意されており、最終巻となる12巻は高崎美咲と結ばれる『美咲編』と真田莉々奈と、結ばれる『莉々奈編』が同時発売される。リアルサウンドブックでは、原作者のムサヲを直撃。かつてないエンディングと作品の裏側、そして自身の漫画道をたっぷりと語ってもらった。(渡辺水央)
莉々奈は〈最強のヒロイン〉で、高崎さんは〈最強の美少女〉
──連載お疲れ様でした。今のお気持ちはいかでしょう。終わった実感などはありますか?
ムサヲ:ずっと単行本修正を何度も繰り返していたので全然実感がなかったんですが、先日仮眠をとってる最中夢で良い言い回しを思いついてそうだあのシーンに使おう!と飛び起きたんですけど原稿は全部入稿し終わっていて。その時初めて「ああもう直すネームはないんだな…」と実感しました。
──『恋と嘘』はSF要素もあってラブコメという形ではありましたが、すごく細かに感情の機微が描かれていて、人を好きになるということを真っすぐに見つめた作品でした。
ムサヲ:『恋と嘘』はもともとラブコメ作品のコンペに出すために考えた作品で、最初の段階では政府通知の設定と、それに背中を押されて告白する主人公と相手の女の子というくらいまでしか考えていなかったんです。
結局コンペには落ちてしまって、そこから練り直すにあたって政府通知という一つの嘘の設定以外はリアルに血が通った話にしようと言われて、女の子のリアクションや表情を同性から見ても違和感がないようなリアルな感じを目指すことにしました。
最初にこの作品の主題として〈人を好きになるって何だろう?〉というテーマを決めたことで物語の方向性がブレずに定まってくれたように思います。
──2つのエンディングというアイデア自体はいつから決めていたんですか?
ムサヲ:コミックスの3巻が出るか出ないかくらいのときに、アニメサイドと打ち合わせする中で終わらせ方について考え始めました。それである時ふと思いついて、「ルートを2つに分けて、それぞれ別のエンディングを迎えるってできますかね?」と相談したら「めっちゃ面白そう!」ってなって。その場で販売部の人に電話して可能かどうか確認してくれました。可能でした!(笑)
ただ、エンディングを分岐させることでネジにどちらかを選ぶようなリアクションをさせてあげる事ができなくなってしまって、そこは描き手として本当に申し訳なかったです。もしどちらか一人をきちんと選ぶエンディングだったとしたらもっと早い段階で気持ちを決めさせてあげられただろうなと思います。
──美咲と莉々奈、ふたりのヒロインのうち、どちらかに肩入れしてしまうなんてことは?
ムサヲ:それはなかったですね。キャラクターとして作る過程がそれぞれ違ったので。莉々奈は私が考える〈最強のヒロイン〉で、高崎さんは私が考える〈最強の美少女〉だったんです。ヒロインは主人公を想ってくれて、一緒に歩んで成長してくれる存在。一方で美少女というのはどこかこういう子いるよねと感じる部分があるような、現実を纏った女の子。
キャラクターのビジュアルを決める際に、当時私は48グループのアイドルにめちゃくちゃハマっていて、その中でも特に島崎遥香ちゃんのルックスのイメージが頭にあったんです。この子は何を考えているんだろうと興味を持たせるワクワク感含めて、現実の女の子のかわいさを落とし込んで作りたいなと思いました。最初は高崎さんしかいなくて、どう話を広げたらいいか分からなかった中で、当時の担当さんに「僕だったらもうひとりヒロインを出すかな」とアドバイスをもらって、そこでヒロインとして生まれたのが莉々奈なんです。
──島崎遥香さんというのは納得です。その美咲がある秘密を抱えていたというのは、最初の段階から考えられていたんですか?
ムサヲ:実は考えていなかったです(笑)。初めてのちゃんとした連載で右も左も、いつまで続くかも全くわからない状態でスタートしたので……。ただ高崎美咲という人物と、彼女の言葉や隠してる何かに対する態度などを描いて積み重ねていくうちにだんだんピースが集まってきて、彼女が何より大事にして守りたいものってなんだろう?と目を凝らして見るとそこに立っていたのはネジで、それでパシッとはまった感じでしたね。
私自身も“この人は何を考えてらっしゃるんだろう!?”と思っていたんですが、そういうことだったんだって。
──美咲の秘密が“嘘”を担っていて、見事なタイトル回収でもあるなと思いました。
ムサヲ:うまいこと結びついてくれましたね。タイトルは最初なかなか決まらなくて、さんざん話したあとに担当さんが「『恋と嘘』はどう? 『赤と黒』みたいでカッコいいじゃん!」ってポンッと出してくれたんです。今となっては、すごく意味が深くて、単語の汎用性が高いものを選んでくれたなと思います。
──描いている中で、ご自身で一番思い入れがあったのはどのあたりの展開ですか?
ムサヲ:仁坂(ネジの中学時代からの親友)のエピソードですね。自分としても描きたかったところで、描くべきものも明確に見えていたので。ヒロインとのやりとりは常にどっちを選ぶのか?どっちがより選ばれそうか?というバランスとのにらみ合いで大変だったのですが、仁坂は、あくまでネジと二人の関係性だったので、いつもよりかなりさくさくプロットも書けました。
もともと仁坂は、最初に目標にしていたラブコメコンペに落ちた後で、「もっとしっかり話を作り込もう」と打ち合わせをしていた時に、「そういえばこの世界って、同性愛者の方々はどうしているの?」という話になり、「多分、同性同士の政府通知があるんじゃないですかね」と答えたら、編集さんに「そういうキャラを出しましょう」と言われて生まれました。私も描いていて楽しくて、考えてるうちにどんどんノってしまい、1巻の最後でネジにキスをして終わる、という展開になりました。
私としては、それで仁坂の本心が伝わるかなと思ったんですが、仁坂は高崎さんのことが好きで、高崎さんとキスしていたネジを見て間接キスしたんじゃないか、という声もあって。「ネジって間接キスのコップ扱いなの!?」と思って、そんな推測もあるんだとびっくりした記憶がありますね(笑)。
──ちなみに当初は由佳吏と美咲のキスシーンが随所にありましたが、そのキスシーンが平たく言ってしまうととにかくエロくて(笑)。読者のそんな声もありませんでしたか?
ムサヲ:めちゃくちゃ多かったです。ただ話が進展するにつれて二人の間で揺れ動く感情のふり幅がどんどん大きくなって、軽率にエロいキスは出来ない状況になってって。みんなごめん、倫理観が勝ってまたエロく描けなかった……! って思っていました(笑)。
──描いていた中で印象深いキャラクターに関してはいかがですか?
ムサヲ:どのキャラクターも描いていて楽しかったですが、厚労省のふたり(一条花月と矢嶋基)は本来こうなったかもしれないネジたちの姿として出したいなと思っていたキャラクターで、思った以上にいい働きをしてくれたなって思いました。6巻の矢嶋の過去話はうまく描けたなと思います。
柊も助けてもらったキャラクターですね。高崎さんが自分から話せない以上どうしても味方になって彼女の援護をしてくれる人が必要で、口が固過ぎる高崎さんの代わりに展開を引っ張ってくれました。
高崎さんを語る言葉として作中で「人魚姫」って出て来るじゃないですか。美咲編のあとがきでキャラたちのその後のカットを描いていた時に、ふと柊の髪を短くしたいなと思って短く描いたんですが、「人魚姫」の物語の中で人魚姫を助けようとする姉たちがその代償として髪を切ったのとリンクしていたのかもなと思いました。
──なるほど。そのエンディングとなる12巻の『真田莉々奈編』と『高崎美咲編』ですが、作業としてはどちらから着手されたんですか?
ムサヲ:まず高崎さんから取り掛かりました。自分のキャラクターながらあの人を納得させるのが一番難しいと思っていて、ちゃんと描き切れるかが本当に心配だったんですよね。生半可な気持ちで動いている子ではないですし、生半可な説得で納得するような子にも育てたつもりはなかったので。
プロットだけで何時間も電話で打ち合わせを続けてそれが何度もあって、ネームも何度も途中で心が折れてしまって、10Pおきくらいに息継ぎにチェックしてもらいながらまた取り掛かって。無事に描き終えられて本当に良かったです……(笑)。莉々奈はヒロインとして生んだ子なので、ヒロイン力でたぶん何とかしてくれるって思っていました。連載中もしんどいときに莉々奈がうまいこと立ち回ってくれて展開を救ってくれることが多かったので、大丈夫だろうという安心感もあって。実際、こうなるだろうという流れ自体は描く前から見えていたので、全体としては高崎さんと比べればするすると描けたように思います。
ただ山の中でのくだりは高崎さんの方から作画したんですよね。なので莉々奈編で同じシーン・同じやり取りだけど言葉のニュアンスや表情が違う姿を描く際は、表情の差分を考えるのもずっと暗い表情を描き続けるのも本当に大変でした。高崎さんと莉々奈、二人のキャラクターを作る過程が違ったように、それぞれ違う雰囲気の結末に迎えてくれたなと思います。