ライターが選ぶ「2021年BLコミックBEST10」前編 “ジャンルが無限”という深い沼への誘い
第7位『秘め婿』(芹澤知/シュークリーム)
江戸、明治、大正、昭和を舞台とする歴史BLは読んできた。しかし古代を舞台にしたBL作品はおそらくはじめてではないだろうか。邪馬台国の宮中で秘かに燃え上がる、女王卑弥呼と男従者・ヤマトの恋を描いた作品が『秘め婿』だ。
この作品の特徴といえば、史実。卑弥呼が鬼道の使い手だったこと、不老不死の食物として桃が食されていたこと、女性侍女ばかりの中で女王に仕えることを許された男従者がいたこと。これら『魏志倭人伝』や遺跡での発掘物にもとづいているであろう世界観の中で、当時の文化や人々の価値観を織り交ぜながら物語が展開していく。
ただ1つ、明らかなフィクションとして描かれている部分がある。女王卑弥呼が、実は男性であるという設定だ。邪馬台国を語る上で欠かせない重要人物に「もしも」を置くという大胆な発想は、読者の想像に余白を生み出してくれた。この余白がキャラクターの感情や関係性の変化に深く寄り添える要因となっていた思う。
神の妻しての責務を全うしようと1人でクニを抱える卑弥呼と、彼を支え守りたいと願うヤマト。ふたりが相手を想う気持ちと天秤にかけるのは、神とクニというあまりにも大きな存在だ。大きな存在と対面しているふたりがどんな決断をするのか、ドキドキが止まらないヒストリカルファンタジーだった。
第6位『世界でいちばん遠い恋』(麻生ミツ晃/海王社)
『世界でいちばん遠い恋』は、バイオリニストの壬生十嘉と重度感音性難聴のデイトレーダー・五十鈴歩との間でゆるやかに進んでいく恋の物語だ。この作品のテーマに挙げられるのは、「コミュニケーション」だろう。音楽で生きる十嘉と耳が聞こえない五十鈴という「正反対の世界」にいたふたりの交流を描くからだ。
ただコミュニケーションは物語のエッセンスで、実はいたってシンプルなラブストーリーなのではないかとも思う。なぜなら、相手を知りたい、理解したいと切望する気持ちや自分の気持ちをわかってくれる人がいるという幸福感、ぶつけられた想いに戸惑う姿など、恋をしたことのある人ならきっと経験したであろう過程が描かれているからだ。
また五十鈴は会話を相手の口の動きから読み取る。そのため表情、なかでも目の描写が多い。その視線が交わされる様子から、相手の気持ちを1つたりとて取りこぼしたくないというふたりの熱い想いが伝わってくる。
ふたりが言葉を伝え合うのと同じように、ゆっくりと丁寧に進展していく関係性に心が洗われる作品だ。
ジャンルが無限という深い沼。それがBL
第6~10位のランキングは、コメディからシリアスなものまで、ジャンルが比較的分かれた内容となった。加えて、カップルの形もさまざまだ。このかけあわせで「ジャンルが無限に開拓されていく感覚」があるから、BL漫画沼から抜けられない。
後日公開予定の第1~5位のランキングも合わせてチェックしていただけたら、いちBLファンとして嬉しい限りである。