河野裕が語る『君の名前の横顔』で家族小説を書いた理由 「世界に目を向けざるを得なくなった」

河野裕『君の名前の横顔』インタビュー

――本作では“名前”ということも、大きなテーマでしたね。ジャバウォックが存在を奪う、ということはつまり、名前を失わせるということ。名前を奪われた謎の少女もそうですが、言語化することで明確になっていくもの、明確になりすぎて本質から遠ざかっていくもの、なども本作では多岐にわたって描かれていました。

河野:最初は、冬明の名前を考えるところから始まったんですよね。息子にはなにも背負わせたくない、という英哉の意向で、冬明の名前にはなにも“意味”がないんですけれど、それは私自身が小説を書くうえで、百も二百も名前を考えてきた結果、どれだけ意味をこめても足りないな、と思ってしまったからなんです。〈愛情は解体しなくちゃいけないんだよ〉と英哉が言う場面がありますが、正常な愛情を築いていくためには、知らず知らずのうちに身につけていたエゴとか、いびつな愛情を全部一度解体して、まっさらな場所から始めなくてはいけないんだ……という彼の言葉は、名づけという最大の愛情表現に苦心した経験があるからこそ、生まれたものだと思います。

――意味をこめすぎるとそれは、呪いにもなりかねませんしね。楓はずっと、冬明からお兄ちゃんとは呼ばせず、愛のこともお母さんとは呼びませんが、二人のことを心から大事に思っているからこそ、家族と名づけ、関係性を固定したくないという彼の気持ちもわかるような気がしました。

河野:名付けてしまいたくない、という感覚は私のなかにも昔からあって。定義すると、形がきれいに揃いすぎて、自然ではなくなっていく感じがしてしまうので、できるだけそのままの状態で置いておきたいんですよね。とくに愛情は、純度の高いままで置いておきたいんです。たとえば好きな小説に対しても、どこに惹かれているのかを言語化するのは楽しいですし、便利だなとも思うんですが、根っこの部分では常に「今、私は嘘をついているな」という気持ちがある。「どうしたって、正確に言い表せるはずがないのに、言い表せているふりをしているぞ」って。その「嘘をついているな」という感覚は大事にしていきたいですし、名前をつけられない関係性、みたいなものは私にとって小説を書くうえで一つの大きなテーマかなとも思います。

――何を書いてもネタバレになってしまうので、テーマ的なところばかりをおうかがいしてしまいましたが……ご自身として、書き終えてみた手応えはいかがですか?

河野:だいたいいつも、書いた直後はよくわからないんですが、やれるだけのことはやったかなと思います。複雑な設計のわりに、エンターテインメントの文脈をうまくとりこんで、意外と読みやすくまとまったかな、と。あとは、親という立場を使って書いた最初の小説でもあるので、思い入れの強い作品にはなりました。親から子への愛情、というものをある程度想像はしていましたけれど、実際に子供をもって具体的に理解できたものが、小説にもいい影響を与えてくれたかなあと。あと、スピッツの歌詞を引用させてもらえたのが何よりも幸せでした……。

――「運命の人」ですね。

河野:私が作家として影響を受けたのは、秋田禎信さんの文体と乙一さんのプロットだと公言してきましたが、小説をできるだけフェアに書きたいという思いの原点はスピッツの歌詞なんです。世の中に存在するポジティブなものとネガティブなもの、どちらかだけを切り取ってデフォルメしたほうが曲としてはつくりやすいはずなのに、スピッツの歌詞にはほぼ確実にどちらも入っている。生きていれば当然、悲しいことも嬉しいことも両方起きるんだということを前提としている温度感が好きなんです。前作、『昨日星を探した言い訳』というのは、理想の世界を探している女の子の物語なんですが、刊行したあとにスピッツが出した新曲「紫の夜を越えて」の歌い出しがまた、作品のテーマとほとんど一緒だったんですよね。しっかり影響を受けて育つと、先回りして影響を受けることもあるんだなあと思って、嬉しかった。だからこそ、より、今回引用させてもらえたのが嬉しかったです。その部分もふくめて、ぜひお楽しみいただければ嬉しいです。

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