『ペリリュー』が描いた、見落とされがちな戦場のリアリティ 原作者・武田一義に制作秘話を聞く

武田一義『ペリリュー』インタビュー

――なるほど。ちなみに水木先生の作品を含め、どのような漫画を読んできましたか?

武田:そうですね。世代で言うと『キン肉マン』や『キャプテン翼』なんですが、それらを一通り見た後は、比較的クラシカルな方向に行きまして。それこそ水木先生の『ゲゲゲの鬼太郎』や、ちばてつや先生の『あしたのジョー』、松本零士先生の『銀河鉄道999』あたりを読み漁っていましたね。当時、テレビアニメが放映されていた影響で、原作も読んでみたいって思うようになって。あとは、少女漫画も読んでいましたね。

――少女漫画まで読まれていたとは!

武田:白泉社で連載しているから言うわけではないんですが(笑)、雑誌『花とゆめ』を購読していて、最初は魔夜峰央先生や和田慎二先生など、男性作家の作品を読んでいました。その後、日渡早紀先生の『ぼくの地球を守って』に強く感銘を受けましたね。僕のなかで、不朽の名作です。

――漫画家として活動し始めてから、改めてそのような先生方の作品を読み返すと、読者の時とは違った発見はあるものですか?

武田:ありますね。例えばちばてつや先生の漫画とか、もう50年近く前の作品になるのに、まったく古さを感じないんですよ。コマ割りや演出など、現代の漫画にもしっかりと受け継がれていて。もちろん、手塚治虫先生がいてこその漫画表現ではあるんですけど、さらに直系的に影響を与えた作家さんで言うと、ちば先生なんじゃないかと思いますね。

 ほかにも、70年代〜80年代の漫画って、演出のためのページ使いがとても大胆なんですよ。萩尾望都先生とか、16ページくらい使って宇宙の真理を描くじゃないですか。なかなか真似できることじゃないです。僕自身も漫画家になってから、改めてその凄みを知りました。……って、取材で漫画の話を聞いていただくことがあまりないので、新鮮ですね(笑)。やっぱり戦争の話がメインになってしまいますから……。

――漫画家なのに(笑)!

戦争に生きた人の心を考える

――再び、本作の内容についてお話を聞かせてください。本作が多くの読者を惹きつけた理由のひとつに、登場人物の魅力的なキャラクター性があると思います。キャラ設定は、生還者や平塚さんから聞いた話を受けて考えられたんでしょうか。

武田:参考にさせていただいた部分は多いですね。「この状況で、こんな行動をした人がいたんだ」という話から、その行動に至った思考や感情を想像してキャラ付けを整えました。さすがに当時の兵士の気持ちを完全に推し量ることは難しいので、どれもフィクションのうえでの設定ですけど。

――本作では終戦後、ペリリュー島に残留することを決めた兵士のことも描かれていました。

武田:ペリリュー島に残留兵がいた証言はありません。かなり小さな島なので、可能性は限りなく薄いと思います。ただ広い範囲で見ると、南島に残留した兵士は結構いらっしゃるんじゃないですかね。生還者の体験記に、南島に残留した場合の生活を想像した描写がいくつかあるんですよ。そのような内容を書くのは、きっと残留兵の存在があったからだと想像しています。

――なるほど。史実だけを追っていると、日本に帰国する以外の選択肢を選ぶ理由が分からなかったのですが、作中の描写は、当時の人なりにいろんな考え方があると実感できるもので、とても印象的でした。

武田:このように、育った環境や今置かれている状況に応じて、違った考えが生まれるのは、今も昔も変わらない社会構造だと思います。

――それにしても、戦場を舞台に、作中に登場する兵士それぞれの気持ちを想像するのは辛くありませんでしたか? いち読者として、孤独のなか苦しみながら死んでしまう兵士を思うと、やるせなさが残りました。

武田:僕も漫画を描きながら、全員生きて日本に帰ってほしいと願っている部分がありました。そんななか、死にゆく兵士たちの心情や状況を想像することは、確かに辛い作業でしたね。

――戦っても戦っても終わりの見えない過酷な戦況は、読んでいるだけでも精神的なきつさを感じました。

武田:海や空の状況、あるいは船や飛行機の往来から「もう本土では終戦しているんじゃないか」と薄々感じながら戦い続ける葛藤を語られた生還者もいらっしゃいました。現代を生きる僕らからすると、その時点で米軍に投降すれば命だけは助かるかもしれないと想像してしまいがちですが、当時の兵士たちからすれば、直前まで命を奪いあっていた相手に投降することへの葛藤もあったと思います。全く勘付かずに戦い続けた兵士もいたでしょうけど。

 どちらにせよ、客観的な心苦しさは否めません。しかし、彼らが戦地で何を見てどう感じたかを想像し考えることは、僕のなかで建設的な作業になった実感もあります。僕が描きたかった戦場下の日々や兵士たちの人間模様を、漫画としてリアルに描くことにも繋がっていったので、心苦しい反面、有意義な時間でもありましたね。

――楽しいことも苦しいことも、ひとりひとりの兵士について深く描くことが、本作が持つ大きなテーマに繋がるわけですね。今後、アニメやスピンオフ作品などをきっかけに初めて本作を読まれる方もいらっしゃるかもしれません。最後に、そんな読者の方に向けて、特に注目してほしいポイントを教えてください。

武田:本作は、戦争を描くと同時に、漫画としての純粋な面白さを両立させることも意識した作品となっています。戦争ものと聞くと抵抗感があるかと思いますが、よければひとつの面白そうな漫画だと思って、気軽に手に取っていただけたら嬉しいですね。漫画作品として、いい物語を描けた自負もあります。面白い漫画を読んでいたら、結果的に戦争の話に触れていた。これくらいの感覚で、ぜひ最後まで読み進めてみてください。

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