『ペリリュー』が描いた、見落とされがちな戦場のリアリティ 原作者・武田一義に制作秘話を聞く

武田一義『ペリリュー』インタビュー

 太平洋戦争末期の「ペリリューの戦い」を描いた漫画作品『ペリリュー 楽園のゲルニカ』が7月に発売された第11巻をもって完結した。同作は、漫画家志望の兵士・田丸を主人公とし、史実に基づいて戦争の残酷さを描いたフィクション作。完結と同時にアニメ化の制作が発表されており、アニメ完成までの期間、本編が連載されていた青年漫画誌『ヤングアニマル』(白泉社)にて、スピンオフ作品『ペリリュー -外伝-』が掲載された。

 戦争漫画としては異例の累計80万部というヒットを記録した本作。終戦76年。史実を辿るだけでは分からない、ペリリュー戦生還者の証言から見た戦地の景色と、戦争を漫画で伝えていくことの大切さ。作者の武田一義は、本作を通して何を伝えようとしていたのだろうか。本インタビューでは、作品にかける思いについて話を聞いた。(とり)

『ペリリュー』が繋ぐ、過去と現在

『ペリリュー 楽園のゲルニカ(1)』

――約5年間の連載、お疲れさまでした。絶賛スピンオフを執筆されている最中かと思いますが、本編を書き終えた実感はいかがですか?

武田:ありがたいことに多くの読者さんが支持してくださったおかげで、約5年間、単行本11巻のスケール感で作品を終えられたことにホッとしています。内情をお話しすると、もし人気が出なかったら、第3巻で描いた玉砕戦を機に早めに連載を切り上げることも考えていたので。当初の構想通り完結させることができ、とても満足しています。

――戦争をテーマにしたとき、武田さんが本作のなかでいちばん描きたかったことは何だったんでしょうか。

武田:戦場下の日常です。僕自身、戦場に立った兵士たちがどんな日々を送っていたか、どんな気持ちで銃を構えていたかということに、とても関心があったんです。戦いがあった事実は知っていても、実際にそこで何が起こっていたかは、当時を知る人に聞かないと分からないじゃないですか。でも、兵士たちも僕らと同じ人間なわけですから、それぞれに人生があったこと、人間らしい営みがあったことは無視できないと思ったんですよね。読者さんにも、それを感じてもらいたという気持ちで描いていました。

――日常とは少し違うかもしれませんが、ズボンを履こうとして、滑って転んで亡くなるといった、決してドラマチックとは言えない死についても丁寧に描かれていました。

武田:一瞬が命取りになる状況下ですから。生還者の話を聞いていても、そのような”あっけない死”は多々あったように思います。漫画や映画で、死はドラマチックに描かれがちです。物語に落とし込む以上、死を巡って、カッコよさや感動が描かれるのは仕方のないことかもしれませんが、戦争そのものはフィクションでなく、現実に起こった出来事です。そのため”あっけない死”は、兵士たちの日々を描くうえで外せない描写だと考えていました。

――史実としても、戦死者以上に餓死者が多かったと聞いたことがあります。しかし、そんな悲惨な描写が多いなか、笑える場面もあるのが本作の見どころだと思います。

武田:ありがとうございます。シリアスとユーモアの塩梅は難しいところでしたが、辛いエピソードばかりだと、読んでいても辛いだけですからね。実際に、過酷な戦地でふと目に入った星空や海の美しさに感動を覚えたという話も生還者の方からお聞きしました。戦火以外の綺麗な景色、辛さ以外の穏やかな感情にこそ、本作を描くことの意味がある気がしていたので、そう言っていただけて嬉しいです。

――それゆえに、戦闘シーンの凄まじさもより強く伝わってきます。残酷な戦闘シーンをより際立たせるために、穏やかな笑いの要素を取り入れられた意識もあったんでしょうか。

武田:日常を描きたかったことが前提ではありますが、戦争という入り込みにくい題材を扱った漫画ですので、残酷な描写に対して、少しずつ読者さんに慣れてもらえるようには意識していましたね。例えば、単行本の冒頭にくる話は、ユーモアを交えて重たくなりすぎないようにするとか。ただ、巻を追うごとに登場人物への感情移入も強くなると思うので、後半になるにつれ主要人物の死を辛く感じられた方も多かったんじゃないかと思います。

――7月に発売された最終巻は、戦場から帰国した後の話や、今の時代に繋がる話まで描かれていて、改めて戦争について考えるきっかけをもらったような読後感がありました。

武田:戦争を知らない自分が、戦後70年以上経った今だから描ける戦争漫画とはどんなものか――そこを突き詰めると、過去の戦争と現在を繋ぐことが重要だと感じました。戦争体験を語れる人がご高齢になり、亡くなっていく事実は、過去と現在を繋ぐ大きな出来事です。そこまで描かなければ、既存の戦争記と何も変わりませんから。

――戦後から現代のことを描くことは、執筆当初から構想されていたんですか?

武田:はい。まさか最終巻がまるまる現代パートになるとは思っていませんでしたが(笑)。最初は3話くらいあれば十分だと踏んでいましたが、物語が進むにつれ、1巻分ページ数をかけてもいいのでは?という話になり、結果的に全編のなかで最も重要なエピローグ巻で最後を迎えることになりました。ここまで描ききることができて、本当に良かったです。

戦争の話を聞くこと、伝えていくこと

――実際に生還者から戦時中の話を聞いたときは、どう感じましたか?

武田:当時の話の大筋は、ほとんど原案協力の平塚柾緒さんからお聞きしていました。というのも平塚さんは、ペリリュー戦に関する本だけで数冊出版されていて、僕が戦争を、それもペリリュー戦をテーマに漫画を描こうと思ったきっかけが、平塚さんの本を読んだときに、その情景が頭に浮かんだことが始まりだったんです。

 僕がお会いさせていただいた生還者は、平塚さんがかつて取材をされた方たちだったので、話される内容自体は平塚さんからお聞きしたことと何ら変わりありませんでした。ただ僕にとっては、90歳を超えた方が、70年以上前の当時のことをどんな感情で話されるのかを知れたことが何よりも貴重で。

――と、言いますと?

武田:例えば、米軍に見つかりそうになった危険な状況から何とか助かった話をする際は、聞いているこちらまでハラハラドキドキするようなテンション感で話してくださるのですが、亡くなった戦友の話になると涙ぐみながら話される方が多いんです。また、ご自身が米兵を殺めた話をされるときは、詳しい状況説明なしに、小声で、殺した事実だけを述べられる方が多い。時間で解決できるような話ではないと分かっていながら、70年以上経った今でも当時を思い、強い感情を持ち続けて生きている方がいることに、戦争の尾がずっと続いていることを実感したんですよね。

 その方々も、多くが既に亡くなられたと聞きました。残念ながら、本作の完結を見届けていただくことはできませんでしたが、生還者の貴重な声があってこそ完成した作品であることは間違いありません。

――そうだったんですね。この先、戦争を語れる人がどんどん減っていくわけですが、本作が後世に戦争を伝えるひとつの手掛かりになる使命感はありましたか?

武田:はじめは純粋な興味だけが先行していました。ですが、取材を進めるうちに、生還者のほか、ペリリュー島で不発弾処理をしている方や平和記念館で当時の資料を研究されている方など、いろんな立場から当時の戦争に関わっている方々と出会いました。その繋がりを通して、本作が戦争を伝える役割を担っていることにだんだん気付かされましたね。

――私自身、戦争を体験した祖父母から、もっと話を聞いておけばよかったと後悔している部分があります。

武田:そのような感想は読者さんからもよくいただきます。証言を聞くことがいかに貴重な経験であったかを実感しますね。それこそ平塚さんは、生還者がまだお若い頃からずっと取材をされていたため、平塚さんからお聞きした話は、僕が直接お聞きした話よりみずみずしい証言が多かったですし。

――平塚さんは、本作の監修を担当されています。武田さんが描かれたネームに対して、何か意見を示されることはありましたか?

武田:最初の方は、平塚さんが違和感を覚えた箇所をひたすら修正する作業を繰り返していました。特に、兵士の言葉遣いや服装の細かい部分について意見をいただくことが多かったですね。とはいえ、当時の言葉遣いを忠実に再現しても、読者さんに伝わりにくくなってしまっては漫画としての読み応えに欠けてしまうため、現代の読み物としてどの程度まで忠実に従うかの落としどころは、こまめにやり取りをして定めていきましたね。

『総員玉砕せよ!』

――原案協力という携わり方ではあるものの、実感としては、平塚さんと一緒に作り上げた作品とい言っても過言ではない感じでしょうか?

武田:その通りです。そもそも、平塚さんの協力がなければ、企画として成り立っていたかも定かではありませんから。平塚さんも、本作に携わったことをいい経験として捉えられているようで、嬉しい限りです。

――本作執筆のきっかけは平塚さんの本だったとのことですが、本作と同じように、戦争を描いた漫画から影響を受けた部分はありますか?

武田:もちろんあります。戦争漫画でいうと、水木しげる先生の『総員玉砕せよ!』はもちろん、いろんな作品をよく読んでいました。水木先生って、戦争そのものではなく、完全にご自身が体験したこと、戦中を生きた人間を描いています。そこに影響を受けた部分は確実にあると思います。そのように登場人物を生き生きと描かれるところは、戦争云々を抜きにしても、水木先生の作品の大好きなところですね。



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