『逃げ上手の若君』は少年漫画の”最新”型? 主人公の前に立ちふさがるのは「現実」
「週刊少年ジャンプ」で連載されている松井優征の漫画『逃げ上手の若君』(集英社、以下『逃げ上手』)の1巻、2巻が2カ月連続で発売された。
1333年。鎌倉幕府を取り仕切る北条家の二男・北条時行は、足利高氏(後の足利尊氏)の謀反によって一族を皆殺しにされる。一人生き残った時行は神官の諏訪頼重に保護され、信濃国の諏訪家に身を隠す。頼重の指導の元で時行は仲間を集め「逃げ」の才能を活かした上で弓術等の技を身に着け、尊氏との戦いに備えることとなる。
作者の松井優征は『魔人探偵脳噛ネウロ』(以下、『ネウロ』)と『暗殺教室』を少年ジャンプでヒットさせた人気漫画家だ。『ネウロ』は、謎を食べる魔人・脳噛ネウロが、女子高生の桂木弥子を探偵に仕立てて、謎を生み出す犯罪者と対峙していくミステリー。『暗殺教室』は“殺せんせー”と呼ばれる謎の生物が、進学校の落ちこぼれたちを集めた3年E組の中学生を教育する学園コメディ。殺せんせーは「来年の三月までに自分を殺せなければ地球を爆破する」と宣言しており、生徒たちは殺せんせーの指導を受けながら、先生の暗殺をしなければならない。
どちらもトリッキーでぶっとんだ設定と、漫画ならではの極端な造形と性格のキャラクターによって、初見の読者に強烈なインパクトを与えた。そして、読み進めていくと意外な真相が次々と明らかになっていき、最後は成長物語として大団円を向かえる。コミックスにして『ネウロ』は全23巻、『暗殺教室』は全21巻。どちらも長尺だが、一話だけ抜き出しても面白く、まとめて読むと完成度の高い物語が堪能できる。つまり松井優征は、連載漫画の進め方が上手なバランス感覚に長けた漫画家といえる。
そんな松井が久しぶりに手掛ける連載漫画が本作『逃げ上手』だが、まず、歴史モノという新ジャンルへの挑戦だったことに驚いた。しかも、戦国時代や幕末といった誰もが知っている時代ではなく「南北朝時代」という少年漫画ではなじみの薄い時代だったことに二度、驚いた。
歴史モノが難しいのは、現代とは違う価値観の軸となっている文化や政治を描かないといけないため、どうしても説明が多くなってしまうことだ。そのため初見の読者には敷居が高く、難しい世界に感じてしまう。しかし本作は、第一話こそ前提となる説明が多いが、それ以降は諏訪での日常が丁寧に描かれている。何より仲間を集めて少しずつ成長していく北条時行の姿はRPG(ロールプレイングゲーム)のように楽しめる。専門用語の説明はとても簡潔で比喩を交えて丁寧に語られる。巻末に収録された本郷和人による時代背景の解説も充実しており、置いて行かれる心配はない。このあたりの配慮は実に見事で、とても読みやすい。
だがもう一点、歴史モノには大きな縛りがある。それは史実をもとにしているため、結末が決まっているということだ。北条時行も足利高氏も実在した人物で、彼らがどのような結末を向かえるかは、すでに決まっている。
第1話でそれは大きく強調されている。足利尊氏については「これから始まる 南北朝時代の 絶対的主人公」と語られ、北条時行は「彼の名は 教科書に 一度だけ登場 するかもしれない」「いずれにせよ テストが終われば 皆 忘れる」と語られる。だが作者はその後、こう続ける。「彼は この 混沌の時代に 嵐を巻き起こす」「それは まるで…」「少年漫画の 主人公のように 鮮烈だった」と。