不倫した夫が交通事故に遭い失踪……残された母子の選択は? 辻村深月『青空と逃げる』の問いかけ

辻村深月『青空と逃げる』評

 そうしてたどりついた別府で、早苗は“砂かけさん”という職を得る。別府温泉の砂湯で、客に砂をかける。それはかたくこわばった身体と心を熱で溶かす、女たちだけに任された仕事だ。逃げてきたことへの罪悪感はぬぐいきれずとも、先々の展望は見えなくても、自分一人でお金を稼げること、暮らしをひとまず安定させることができたこと、そして矜持をもって働く日々の努力が、早苗に少しずつ自信をもたらしていく。〈何か背負うもんがある人の方が強い〉という、同僚の言葉も。

 そんな母のそばで力もまた、自分にできることを一つずつ見出していく。事故のあと、離婚しないでほしいと泣いてしまったことへの後悔を抱えながら、どうすれば現状を変えていけるのかを幼いながらに必死で見出していく。そんな彼がたどりついた、一人ではどうにもできないからこそできること、の答えは、自分は無力だと感じているすべての人々を救うのではないかと思う。

 一方で、そもそもどうして拳は行方をくらませたのか? 早苗が力を守ろうとしたのはわかるけれど、罪をおかしたわけでもないのに、地方を転々とする必要はなかったのではないか? といった謎がすこしずつ回収されていくミステリー的な読み味もある本作。辻村深月ファンには嬉しい、過去作とのリンクも随所に見られるのも、辻村作品にはめずらしい“母と息子”の物語であることも要注目。

 青空のもと始まった二人の逃避行が終着したとき、空はどんな色を見せてくれるのか――。その答えはどうか、自分の目で確かめてほしい。

■書籍情報
辻村深月『青空と逃げる』
価格:880円(10%税込)
発売日:2021年7月21日
出版社:中央公論新社
https://www.chuko.co.jp/bunko/2021/07/207089.html

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