2021年は“時代ミステリー”の当たり年 文芸評論家が教える注目の作品とジャンルの傾向

2021年は“時代ミステリー”の当たり年

伊吹亜門『雨と短銃』(東京創元社)

伊吹亜門『雨と短銃』(東京創元社)
伊吹亜門『雨と短銃』(東京創元社)

 伊吹亜門の『雨と短銃』(東京創元社)は、幕末の京都を舞台にした長篇だ。大きな話題を呼んだ『刀と傘 明治京洛推理帖』の前日譚であり、引き続き鹿野師光が主役を務めている。

 薩摩藩士が長州藩士を斬り、重症を負わせるという事件が発生。しかも薩摩藩士は、逃げ場のない鳥居道から忽然と姿を消した。事件の目撃者である坂本龍馬は、尾張藩公用人の師光に調査を依頼。しかたなく引き受けた師光は、やがて意外な真相にたどり着く。

 途中で首無し死体も現れ、事件は混迷を極める。鳥居道での人間消失の謎は、やや肩透かしだが、首無し死体の件の真相は鮮やかだ。そして、ふたつの事件の犯人の正体と動機に驚く。この時代、この場所だから成立するトリックとサプライズなのである。本書のような作品こそ、時代ミステリーの理想形といっていい。

戸南浩平『サムライ・シェリフ(ハヤカワ文庫JA)

戸南浩平『サムライ・シェリフ(ハヤカワ文庫JA)
戸南浩平『サムライ・シェリフ(ハヤカワ文庫JA)

 幕末の次は明治に行こう。戸南浩平の『サムライ・シェリフ』は、明治11年の横浜が舞台。アメリカの西部で暴れまわっていた拳銃使いのジャック・モーガンが日本に潜入した。それを追うのが、元同心で今は横浜の警察署で巡査をしている三崎蓮十郎だ。どうやら、蓮十郎の亡き養父が追っていた凶賊・羅刹鬼が、モーガンを匿っているらしい。モーガンを生きたまま捕らえ、正体不明の羅刹鬼に迫ろうと、蓮十郎は燃える。だが、モーガンは、あまりにも凶悪だった。さらに、夫を殺したモーガンを追って日本までやって来た、上院議員の娘とその息子も絡まり、事態は予想外の方向に転がっていく。

 凶悪なだけでなく頭も切れるモーガンに、警察は翻弄される。それでも執念の追跡をする蓮十郎が、ついにモーガンと対決する場面に、作者の創意工夫が盛り込まれていた。また、羅刹鬼の正体にも、ミステリーの興趣があった。アクションから謎解きまで楽しめる、贅沢な一冊だ。

宮園ありあ『ヴェルサイユ宮の聖殺人』(早川書房)

宮園ありあ『ヴェルサイユ宮の聖殺人』(早川書房)
宮園ありあ『ヴェルサイユ宮の聖殺人』(早川書房)

 時代ミステリーには海外を舞台にした作品もある。アガサ・クリスティー賞優秀賞を受賞した、宮園ありあの『ヴェルサイユ宮の聖殺人』(早川書房)は、18世紀のヴェルサイユ宮殿で起きた殺人に、公妃マリー=アメリーと、陸軍大尉のジャン=ジャックのコンビが挑む。

 マリーとジャン、それぞれのプロローグが事件と関連してくるところや、被害者の残したダイイングメッセージの真相など、ミステリーの呼吸は新人のデビュー作と思えないほど確かなものだ。多数の実在人物を絡め、革命前夜のフランスを描き出した手際も鮮やか。できれば、このコンビ探偵をシリーズ化してほしいものだ。

皆川博子『インタヴュー・ウィズ・ザ・プリズナー』(早川書房)

皆川博子『インタヴュー・ウィズ・ザ・プリズナー』(早川書房)
皆川博子『インタヴュー・ウィズ・ザ・プリズナー』(早川書房)

 皆川博子の『インタヴュー・ウィズ・ザ・プリズナー』(早川書房)は、『開かせていただき光栄です』『アルモニカ・ディアボリカ』に続く、「エドワード・ターナー」シリーズの完結篇。前2作は18世紀のイギリスが舞台だったが、こちらは独立戦争の最中のアメリカだ。

 友人と共に、イギリスから派遣された補給隊隊員のエドワードは、コロニスト(植民地開拓者)の父と、先住民族であるモホークの母の間に生れた、アシュリー・アーデンを殺した罪で囚人になっている。そのエドワードに話を聞くために、「ニューヨーク・ニューズレリター」記者のロデリック・フェアマンが牢にやって来るのだった。

 というストーリーと並行して、アシュリーの手記が挿入される。コロニストとモホークという、ふたつの世界の狭間で悩むアシュリーの苦悩が、克明に綴られていくのだ。「エドワード・ターナー」シリーズといいながら、本書の主人公はアシュリーといっていいだろう。

 とはいえアシュリーの存在は大きい。彼のある一言から、それまでの事件の構図がガラリと変わっていく瞬間は、ミステリーの醍醐味そのものである。前2作に触れた部分もあるので、順番に読んだ方がいいが、そういうことが気にならないなら本書から読み始めても大丈夫。重厚な味わいの時代ミステリーなのである。

なぜ時代ミステリーが増加したのか

 さて、このように作品を並べて、あらためて時代ミステリーが増加していることを実感した。なぜだろうか。ひとつの理由として、歴史の知識を得ることが昔より容易になり、時代ミステリーを書きやすくなっているということが挙げられるだろう。

 しかしそれよりも留意すべきは、現在、特殊設定ミステリーも増加しているという事実だ。ご存じの人もいるだろうが、特殊設定ミステリーとは、現実とは違う規則や法則により成立している世界を舞台にした作品のこと。そして現在の時代ミステリーは特殊設定ミステリーと、ニアイコールの存在となっている。戦国・幕末・平安……、その他、どの時代どの場所でも、現代の日本とは違った規則や概念によって社会が成り立っているのだから。

 つまりミステリーの可能性を広げようとしたとき、特殊ミステリーと同じように、時代ミステリーに行き着いたのではなかろうか。だから、ふたつのジャンルの増加が、ミステリーの世界をさらに豊かにしている。ミステリーのファンにとっては、なんとも嬉しい状況なのだ。

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