『竜とそばかすの姫』『いとみち』映画と違うアプローチで描かれる小説の「音」とは

小説で描かれる「音」とは?

 7月16日に公開されるや、観た人たちを感動の渦に引きずり込んでヒットしている細田守監督の新作アニメ映画『竜とそばかすの姫』。公開直前に刊行された、細田監督書き下ろしの小説版を読むと、鈴という主人公の少女が感じていたことや、その周りで起こっていた出来事が丁寧に描写されていて、物語のさらに奥深いところまで入っていくことができる。

 50億人もの参加者がいるというネット上の仮想世界〈U〉にあって、人気急上昇の歌姫ベル。その正体は、高知県の山間部に暮らす鈴という名の女子高生だった。“中の人”が誰でどんな環境にあっても、人を魅了する能力があれば人気者になれるVTuber(バーチャルYouTuber)と同様、〈U〉の世界でベルの姿となった鈴は、人目を引く美貌と洗練されたファッション、そして圧倒的な歌唱力で屈指のスターになっていく。

 映画では、数日で人気が爆発したようにも見受けられたが、小説版では、鈴が友人のヒロちゃんに誘われベルとなり唄い始めてから、半年近く経っていたことが分かる。ネットであっても、なかなか一夜では大スターにはなれないものだ。もっとも、ヒロちゃんによるプロデュースが奏功してバズを起こし始めてからは、一気にトップスターへと上り詰める。これも、ネットならではのサクセスストーリーだ。

 誰にだってなれるし、何だってやれるし、サクセスだって味わえるネット世界の可能性を見せてくれる作品として、『竜とそばかすの姫』に惹かれる人は結構いそう。もっとも、それだけがヒットの理由ではない。自信を失っていたり、引っ込み思案だったりする人が、ずっと頑張ってきたこと、積み上げてきた努力を前に出すことで、自分を取り戻して周りも喜ばせる展開に、共感を抱く人が多いからだ。

 〈U〉で暴れ回って嫌われ者になり、正体を暴かれようとしている竜と出会った鈴は、貧相な正体を知られたくない自分を竜に重ね、興味を覚えて近づいていく。その果てに鈴は、ベルとして存在し続けることが困難になりかねない、とても大きな決断を迫られる。そこで鈴の背中を押したのが歌だった。展開の詳述は避けるが、歌の力を通して鈴は自信を取り戻し、悲しみに沈んでいた人たちに勇気を与える。そんなストーリーが、先の見えない時代に生きている人たちの心を揺さぶるのだ。

 億単位の聴衆に向けてベルが唄うシーンは、映画でもクライマックスの部分だが、小説版では、恐怖し葛藤しながらも声を出し唄おうとする鈴の内面に触れられ、応援したい気持ちがせり上がってくる。小説版に対し、「脚本のト書きでセリフの間をつないだだけなのでは……」といった先入観を抱いてる人も、今回は、綴られた言葉によって昂揚する気持ちを体感できるはずだ。

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