山内マリコ『あのこは貴族』が描く、女性たちのリアルな生き様 原作と映画それぞれの魅力

『あのこは貴族』で描かれる、女性の生き様

たった2つの共演シーンで描かれる、新たな人生の始まり

 2人の主人公を軸にしたこの作品、実は映画で描かれる共演シーンは2つしかない。華子の親友・相楽逸子(映画では石橋静河が演じる)が、パーティーで偶然青木幸一郎と一緒に居た美紀と知り合い、華子と美紀を引き合わせるシーン。

 場所は高層ホテルのラウンジ。慣れない場所に緊張気味な美紀と、普段と変わらぬ様子の華子。声色や話し方で、「2人の住む世界は全く違うものだ」と思い知らされるシーンでもある。このシーンで、美紀は幸一郎との関係を終わらせ、新たな人生の第一歩を歩み始める。

 そして2つめのシーン。実はこのシーンこそ、この映画で最も重要なシーンなのではないだろうか。原作では描かれていないが、街でたまたますれ違った2人が、美紀の自宅で話をする。幸一郎との結婚生活に、なんとなく違和感を感じる華子。対して美紀は、新たな仕事に奔走し忙しくも充実した生活を送っている。どことなくぎこちなく距離感のある2人だが、美紀のさりげない思いやりが描かれるシーンとなっている。

 美紀の家から帰路に着く華子は、タクシーに乗らず歩いている。これまでタクシーにしか載っていなかった華子が、初めて自分1人でしっかりと歩く。そして見知らぬ2人の女性に力強く手を振る華子。その表情は、これまで自分の意思表示をはっきりとしなかった華子が、初めて見せる血の通った表情だった。

 たった2つの共演シーンが、それぞれの人生を変えた大きな人生の岐路となっているのだ。

仕事、結婚、友達……誰しもが悩む人生に、新たな提案をくれる物語

 「幸せ=結婚」という価値観で生きてきた華子。地元にも東京にも居場所を見つけられず、生き辛さを感じていた美紀。2人がそれぞれ辿り着いた新たな人生は、ぜひ原作か劇場で見届けてほしい。

 作品には、私たち女性がどことなく感じている息苦しさを、少しだけ軽くしてくれるようなセリフがたくさんある。一部原作から抜粋して紹介しよう。「女の人って、女同士で仲良くできないようにされてる」「世の中には、女同士を分断する価値観みたいなものが、あまりにもあまりにも普通にまかり通ってる」「現実とは少し違うその場所に、ずっと変わらず憧れ続けてるんだよ。それが、東京」

 生まれ育った環境、価値観、社会。幸せも生き辛さも憤りも、人それぞれに感じるものは様々だ。ただ、共通するものもあれば、しないからこそ新たに生まれるものもある。

 『あのこは貴族』は、人生の答えをくれる作品ではない。ただ、人生が変わる瞬間を、今まで知らなかった世界と触れ合うことで見える新しい未来を見せてくれる。東京で生まれ育った人、地方から東京へ出てきた人、東京へ出て地方へ戻った人、地方で生まれ育った人。この作品の登場人物の中に、描かれる風景の中に、私たちの姿も見えるかもしれない。

■阿部仁美
サブカルとエンタメと珈琲を偏愛するフリーライター時々ベンチャー企業の中の人。
ツイッター:https://twitter.com/satto_n1989

■書籍情報
『あのこは貴族』
著者:山内マリコ
出版社:集英社文庫
出版社サイト:http://bunko.shueisha.co.jp/tokyonoblegirl/
映画サイト:https://anokohakizoku-movie.com/

■公開情報
『あのこは貴族』
2021年2月26日全国公開
監督・脚本:岨手由貴子
出演:門脇麦、水原希子、高良健吾、石橋静河、山下リオ、佐戸井けん太、篠原ゆき子、石橋けい、山中崇、高橋ひとみ、津嘉山正種、 銀粉蝶
原作:山内マリコ『あのこは貴族』(集英社文庫刊)
配給:東京テアトル/バンダイナムコアーツ
(c)山内マリコ/集英社・『あのこは貴族』製作委員会
公式サイト: anokohakizoku-movie.com
公式Twitter&公式Instagram:aristocrats0226

映画『あのこは貴族』予告編

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