ディオ、カーズ、吉良吉影……『ジョジョの奇妙な冒険』ラスボスたちで最も腐った“悪”は?
DIO(第3部『スターダストクルセイダース』)
ジョナサンの肉体を奪い100年の眠りから目覚めたDIO。新たにスタンド能力を身につけ、その影響からジョースター家の末裔であるジョセフや承太郎も同じくスタンド能力が発動する。特徴的なのは、第3部終盤までDIOの素顔がベールに包まれていること。そして、最大の謎として丁寧に描かれていくのがDIOのスタンド能力である。
今でこそ、停止した時の中を動ける「ザ・ワールド」のスタンド能力は有名であるが、物語の中では段階的にその正体が明かされていった。ホル・ホースの奇襲に対して一瞬で背後を取り、ジャン=ピエール・ポルナレフとの対峙では「おれは奴の前で階段を登っていたと思ったらいつのまにか降りていた」と理解を超えた体験をさせる。棺桶を開けたヌケサクがその棺桶の中で死に、車を出たはずのウィルソン・フィリップス上院議員が車内に戻ってくる。時を停めて相手を移動させているという種明かしをしてしまうとなんだかDIOが可愛く思えてくるが、ポルナレフを前に初めて素顔を見せるDIOは圧倒的な恐怖を味わわせることに成功。スタンドの存在と動かし方を教えてもらったエンヤ婆を前にDIOが話していた「おれは『恐怖』を克服することが『生きる』ことだと思う。世界の頂点に立つ者は! ほんのちっぽけな『恐怖』をも持たぬ者ッ!」をその悪の帝王たる風格で立証させている。
空条承太郎とDIOのラストバトル、第27巻から第28巻にかけては『ジョジョ』シリーズ最高潮の盛り上がりで駆け抜ける。DIOの敗因となるのは、たったひとつの単純な答え。「てめーはおれを怒らせた」。ジョセフの血を吸い「最高に『ハイ!』ってやつ」になったDIOは、最大9秒の時を止められるようになるが、同じく時を止められるように成長した承太郎の「スタープラチナ」に時を止め返され再起不能に。朝日を浴びて灰となる。
承太郎の「オラオラ」とDIOの「無駄無駄」のラッシュバトルのような肉弾戦は見せ場の一つであるが、DIOにはほかにもユニークな攻撃法がある。止まった時の中で無数のナイフを投げて逃げ場をなくし、道路標識の丸い先端で承太郎の首を切断しようとし、ラストは上空からロードローラーを落下させ脱出不可能にした。ジェットコースターのような最大瞬間風速で、読んでいる側もアドレナリン全開となるため、細かい描写についてはいちいち気にしていられないのだが、そもそもなぜDIOは空を飛べているのかなど、冷静になってみると多くの疑問が浮かぶ超展開。しかし、そんな疑念など吹き飛ばしてくれるほどの絶対的な面白さが、今もなお「『ジョジョ』=第3部」と言われる所以である。
なお、DIOは第3部以降も死してなおその存在感を発揮する。第5部『黄金の風』の主人公ジョルノ・ジョバァーナはDIOがジョナサンの肉体を乗っ取った後に作った息子であり、第6部『ストーンオーシャン』ではプッチ神父の回想に登場し、さらなるDIOの息子たちウンガロ、リキエル、ドナテロも新手のスタンド使いとして姿を見せている。世界が一巡した後の世界である第7部『スティール・ボール・ラン』では、ディエゴ・ブランドーがスタンド「THE WORLD」を発動。「無駄無駄ァ!」という掛け声に、時間を止める能力、無数のナイフまで酷似したキャラクター性である。ジョースター家の血縁とともにその宿命の相手として、長年描かれている人気キャラクターがDIO(ディオ)である。
吉良吉影(第4部『ダイヤモンドは砕けない』)
「第4部は『人の心の弱さ』をテーマに描いている。『心の弱い部分』を追いつめられたり、ある方向から見ると『恐ろしさになる』ということをスタンドにしているのだ。」(第45巻作者コメントより)
「『悪い事をする敵』というものは『心に弱さ』を持った人であり、真に怖いのは弱さを攻撃に変えた者なのだ。」(第46巻作者コメントより)
第4部の舞台は、荒木の出身地である宮城県仙台市をモデルとした杜王町。吉良吉影はその街に巣食う、変態性を纏った殺人鬼である。吉良は、ディオやカーズのような、いわゆる絵に描いた少年漫画の悪役像ではない。殺人衝動に駆られながらも、静かで平穏な人生を送りたい。そのために高い知能と能力を隠し、目立たない人生を歩んできた。
スタンド「キラークイーン」は、触れたものを爆弾に変化させる能力。基本的にスタンドは一人一つであるが、吉良は東方仗助らに追い詰められる度に、その能力を段階的に進化させていった。まさに心の弱さを攻撃に変えたのが吉良である。第2の爆弾「シアーハートアタック」は、キラークイーンの左手の甲から一発だけ出る爆弾戦車。温度を探知し向かっていく自動操縦型で、スタープラチナのパワーを持ってしても破壊できない強度を誇る。そして、第3の爆弾「バイツァ・ダスト」は、自身の正体を知られたことをきっかけにスイッチが作動し、時間を巻き戻す。平穏な人生とは相反する闘争を避けるために吉良が発動させた無敵の能力だ。
吉良の心の弱さは、勝利を確信した際に「吉良吉影」と自ら名乗ってしまうところにあり、その発言が原因となりピンチに陥っている。DIOの敗因が「てめーはおれを怒らせた」であれば、吉良の敗北は川尻早人の言う「お前に味方する『運命』なんて……お前が乗れるかどうかの『チャンス』なんて……今! ここにある『正義の心』に比べればちっぽけな力なんだッ! 確実にここにある!! 今確かにここにある『心』に比べればなッ!」である。ラストは承太郎のオラオララッシュをくらい、吹き飛ばされた先に近づいてきた救急車の下敷きになって死亡する。
なお、パラレルワールドの第8部『ジョジョリオン』にも、吉良吉影とそのスタンド「キラークイーン」が登場。短編作品『デッドマンズQ』では、吉良の死後の物語が描かれている。荒木曰く「死んだあとも心の平和を願って、精神的に生長していこうとする主人公の行動を、スケッチ風に描いた作品」とのこと(『死刑執行中脱獄進行中 荒木飛呂彦短編集』巻末コメントより)。
後編では、第5部『黄金の風』のディアボロ、第6部『ストーンオーシャン』のプッチ神父、第7部『スティール・ボール・ラン』のヴァレンタイン大統領、第8部『ジョジョリオン』で登場中のラスボスについて触れていく。
■渡辺彰浩
1988年生まれ。ライター/編集。2017年1月より、リアルサウンド編集部を経て独立。パンが好き。Twitter