筒美京平はいつも最先端だった サリー久保田が振り返る、作曲家としての姿勢

筒美京平、ヒットメーカーとしての矜持

 1998年に出た書籍『筒美京平の世界』の増補新訂版(2011年)は京平作品の全シングルがコンプリートに紹介されているデータブック。特筆すべきは、全シングルが発売年月日順に並んでいることです。1969年の「ブルー・ライト・ヨコハマ」、1971年の「また逢う日まで」の大ヒットから増量する仕事ぶりが、ひと目でわかります。10枚以上発売されている月もあり、改めてヒットメーカー筒美京平のスゴさを証明しています。2008年まで載っていますので、ぜひヒット曲の数々をその目で実感してください。

 ここで京平さんとの思い出話をしたいと思います。

「2008年にヒットしなくてはいけない」

 ’80年代にネオGSと呼ばれたバンド、ザ・ファントムギフトをやっていたご縁で、2008年公開の映画『GSワンダーランド』(監督:本田隆一)の音楽を担当し、その劇中歌「海岸線のホテル」はなんと筒美京平の書き下ろしで、僕がアレンジすることになりました。

 1960年生まれの僕みたいな洋楽ロック好きでも、京平さんの歌謡曲は昔っから別格でした。常に洋楽の香りがして、カッコ良かった。そんな京平さんが曲の提供を快諾してくれたのは、この映画の音楽プロデューサーの手腕によるものです。しかし、憧れの京平さんからデモテープが来た時はとてもビックリしました。

  この映画は’60年代のGS(グループ・サウンズ)ブームを描いた青春映画だったので、音楽プロデューサーの発注もGSっぽい曲のはずでした。僕もてっきり’60年代に京平さんがオックス(当時のGSバンド)に書いたような曲がくるのかなと思っていました。ところが見本のデモアレンジを聴くと、その当時のCOLDPLAYみたいなミディアム・テンポのUKギターポップ風で、日本のバンドで言えば、BUMP OF CHICKENやMr.Childrenのようなサウンドだったのです。

 メロディはもちろん素晴らしいのですが、音楽プロデューサーに「このアレンジ、どうしましょうか?」と相談したら「大きな意味合いで言えばBUMP OF CHICKENもMr.ChildrenもGSだからな」と言われ、「えっえ~、マジですか」となりました(笑)。でも笑いごとではなかった。

 今にして思えば、京平さんは映画の内容よりも、「2008年にヒットしなくてはいけない」という気持ちで曲を書いていて、そこに職業作家のポリシーを見せつけられた思いでした。そうなんです、ヒットメーカー筒美京平としては’60年代の自身の作品は過去のもので、今、ヒットさせなければならない。ナツメロはいらない。

 結局、後ろ髪引かれる思いでアレンジを変え、テンポも大分あげ、シェイクなリズムのGSサウンドに仕上げました。

 京平さんはとてもストイックで、曲を作って渡したら、それ以降はなにもおっしゃらない方でしたので、どのような感想を持たれたかはわかりません。その1年後ぐらいに別の仕事でお会いして、その話になっても終始、笑顔だったことをここに記しておきます。僕にとっては京平さんの曲のアレンジをやらせていただいただけで一生分の思い出でしたが。

 京平サウンドは常に時代の最先端の洋楽を取り入れ、それを国民的ヒット曲にして日本の風土に根付かせるために、カッコ良い洋楽と京平さんが見抜いた和魂を一体化していく。その見極めは天才にしかできないものです。歴史的にみても歌謡曲はブギ、ブルース、ジャズ、マンボなどを取り入れて洋楽化を試みてきましたが、京平さんの作品は逆からの視点を感じさせます。歌謡曲に興味のない人が、洋楽をどう歌謡曲にするかに長けていて、そこが、はっぴいえんど以降の当時のロックな若者たちをもうならせたんだと思います。

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